第20話 『君の温かい手』
昼休みの屋上。
大輝とカンナの間を、梅雨の晴れ間に吹く風が静かに通り過ぎていた。
まだ戸惑う大輝を、カンナはじっと見つめている。
そして――。
「はい!」
カンナの白く綺麗な腕が、大輝のほうへ伸びた。
「……?」
大輝が首を傾げる。
「これからもよろしくね。大輝!」
大輝は、差し出された手を見る。
そして、カンナを見る。
「……うん」
大輝は、そっとカンナの手を取った。
その柔らかな感触と温かさが伝わってくる。
カンナは嬉しそうに笑った。
そのまま大輝の手を握ったまま、屋上の出口へ向かって歩いていく。
大輝は何か言おうとした。
――けれど、やめた。
言葉にするよりも、この温度が答えのような気がした。
屋上の扉の前では、美香、咲良、奈緒が待っていた。
三人とも、まだ何が起きたのか分からないような顔をしている。
カンナは、そんな三人の前まで来ると、満面の笑顔を見せた。
「ありがとう!」
「「「……」」」
三人が固まる。
「はーーーーぁ!?」
美香が頭を抱えた。
「何でそうなるのよー!」
カンナは楽しそうに笑った。
その後ろを、大輝がついていく。
カンナと手を繋いだまま。
大輝は、嬉しそうに少しだけ鼻の下を伸ばしていた。
「大輝……」
美香が呆れたように見る。
「何、嬉しそうにしてんのよ」
「……え?」
「もう……」
美香は深いため息をついた。
「じゃあ、戻ろう!」
二人は手を繋いだまま、屋上をあとにした。
*
放課後。
教室には、カンナと美香だけが残っていた。
「カンナ」
「ん?」
「どういうことよ、あれ?」
「ん?」
「『ん?』じゃないよー」
美香が呆れた顔をする。
「せっかく大輝が告白してくれたのに」
「ああ……」
カンナは少し嬉しそうに笑う。
「大輝が『好き』って言ってくれたね」
「そうだよ!」
「うれし~」
カンナは頬を緩ませた。
「そうじゃないよぉ!」
美香が机を軽く叩く。
「カンナ、付き合わなくていいの?」
「うん?」
カンナは首を傾げた。
「もう付き合ってるようなもんじゃん!」
「……」
美香は言葉を失う。
「わたし、今のままで、すっごく幸せ!」
「もーっ……」
美香は呆れたように笑う。
「カンナは……」
それ以上、何も言えなかった。
そして。
当のカンナは、静かに美香を見つめる。
「美香」
「えっ?」
美香が少し驚いた顔をする。
「な、何?」
「屋上、気持ちよかったね」
「……うん」
「今度は大輝も誘って、昼食あそこで食べない?」
美香は少しだけ目を逸らした。
「う、うん。いいんじゃない?」
「やった!」
「……ちょっとびっくりするじゃん」
「何で?」
カンナは不思議そうに首を傾げた。
「何が?」
「……何でもない」
「変なの」
カンナは笑った。
*
しかし――。
梅雨は、まだ続いていた。
屋上で昼食を食べる約束は、なかなか実現しないまま、日だけが過ぎていった。
野球部は夏の大会に向けて、雨の日も練習を続けている。
グラウンドが使えない日は、階段での走り込み。
室内での素振り。
トレーニングルームでの筋力トレーニング。
大輝たちは、できることを一つずつ続けていた。
そして木曜日。
カンナたちは、体育館のステージを使って、文化祭のダンス練習をしていた。
「ねぇ、カンナ」
「ん?」
「文化祭の自主企画でダンスするって、紙出しておいたよ」
「ありがとう、咲良!」
カンナが笑う。
「面倒なこと押し付けちゃって、ごめんね」
奈緒が申し訳なさそうに言う。
「全然、平気だよ」
咲良が笑う。
「それと、そろそろダンスの曲も決めないとね」
「ホント。それ!」
美香が手を上げる。
「私、直前で曲とか変わったら踊れないからね!」
「大丈夫だよ」
カンナが笑う。
「美香なら何とかなるって」
「何とかって……」
美香が呆れた顔をする。
「私はカンナとは違うの!」
「えー?」
カンナが笑う。
「そうかなぁ?」
「そうだよ!」
咲良も笑った。
窓の外では、また雨が強くなっている。
「今日は雨も強いから、あと一回練習したら終わりにしようか」
咲良が言う。
「そうだねー」
「そうしよう」
「野球部も早く終わるかな」
練習を終え、四人は昇降口へ向かった。
すると――。
野球部も、ちょうど練習を終えたところだった。
「大輝……」
カンナが、部員たちの中を探す。
「あ!」
見つけた。
カンナの顔が明るくなる。
「美香ー。わたし、大輝と先に駐輪場行ってるね!」
「もう、カンナは……」
美香が苦笑する。
カンナは大輝のところへ走っていった。
「大輝ー!」
「カンナ」
「一緒に帰ろ!」
「うん」
大輝が開こうとしていた大きめの傘を、カンナがひょいっと取る。
「入って!」
「……うん」
カンナは大輝と一緒に傘の中へ入る。
肩が触れそうな距離。
二人は並んで、駐輪場へ向かって歩いていった。
「カンナ先輩ー!」
後ろから、可愛らしい声が聞こえる。
振り返ると、サッカー部の練習を終えた夏音が立っていた。
「相変わらず仲がいいですねー!」
「うん!」
カンナは笑顔で振り返る。
そして、夏音に向かってVサインを見せた。
「じゃあねー!」
「はい! また明日ー!」
二人は、そのまま楽しそうに歩いていく。
その背中を、奈緒と美香が見ていた。
「羨ましいなぁ……」
奈緒が呟く。
「私も、カンナみたいにできたらなぁ」
「羨ましいなら、すればいいじゃん」
美香が笑う。
「ほら。奈緒の彼氏、あそこにいるよ」
「無理無理!」
奈緒は慌てて手を振る。
「でも……」
少しだけ大輝たちのほうを見る。
「傘に入れてもらえるかな」
「さあ?」
美香は笑った。
雨は、まだ降り続いていた。




