第19話 『君が好きだ』
本格的な梅雨に入った。
空は薄い雲に覆われ、朝から雨が降り続いている。
教室の窓から見える景色も、いつもより少し暗かった。
大輝は、自分の席に座りながら、何気なく教室を見回した。
けれど――。
「……」
カンナの席が、空いている。
昼休みになっても、そこには誰もいなかった。
大輝は立ち上がる。
「蓮見さん」
「ん?」
自分の席に座っていた美香が顔を上げる。
「今日はカンナ、休みだけど……どうしたの?」
「ああ」
美香は、カンナの空いた席を見る。
「病院に行くって言ってた」
「病院……」
大輝は少し黙った。
「大丈夫なのかな?」
「たぶん大丈夫だと思うよ」
美香はそう答えてから、大輝を見る。
「大輝はカンナの連絡先、知らないの?」
「……」
大輝は少し気まずそうに目を逸らした。
「う、うん。まだ交換してない」
美香は、大輝をじっと見る。
そして――。
「大輝さぁ。あんたいつ告白するの?」
「……え?」
「『え?』じゃないよ!」
美香が呆れたように言う。
「いつまでこんな関係を続けていくのかってこと!」
「……」
「カンナがあんなに『好き』『好き』言ってんのにさ」
「それは……」
大輝は言葉に詰まった。
そして、美香を見る。
「蓮見さん」
「なに?」
「お願いがあるんだけど……」
「うん?!」
「告白する場所を、一緒に考えてもらえないかな」
美香の顔が固まる。
「はぁ~!?」
大輝は困ったように笑う。
「僕、初めて告白するんだ。人がいるところじゃ無理だし……、タイミングも、よく分からないんだ」
美香はしばらく大輝を見つめた。
そして――。
「ははははっ……」
乾いた笑い声が漏れる。
「確かに!大輝、初めて彼女を作るんだね」
「……うん」
「そっか」
美香は少しだけ同情するような目で大輝を見る。
「分かった。手伝ってあげよう!」
美香は胸を張った。
「そういうことなら、私に任せなさい!」
「……ありがとう」
「何、何?」
そこへ、咲良がやってきた。
「何か面白そうな話してるじゃん」
その後ろから奈緒もやってくる。
「聞こえちゃった」
美香が二人を見る。
「よし!」
突然、美香が手を叩いた。
「みんなで大輝のために作戦会議だ!」
「え?」
大輝の顔が引きつる。
「ちょっと待って。みんなって……」
「いいじゃん。面白そう!」
咲良が楽しそうに笑う。
「大輝くん、頑張って」
奈緒も笑う。
「ただし、美香も咲良も、余計な邪魔はしちゃダメだよ」
「分かってるって!」
美香は笑う。
「私、いい場所知ってるんだよね」
「どこ?」
咲良が聞く。
「それは――」
美香は窓の外を見る。
雨が降り続いている。
「問題は、天気かなぁ」
*
翌日。
カンナは、元気いっぱいに学校へやってきた。
「美香ー! おはよー!」
「カンナ!」
美香が駆け寄る。
「大丈夫!?」
「元気、いっぱ~い!」
カンナは両手を広げ、満面の笑顔を見せた。
「だよ!」
「……そう」
美香はカンナの顔を少しだけ見つめた。
「なら、昼休みちょっと付き合ってよ」
「え?」
カンナが首を傾げる。
「大輝とお話は?」
「今日はいいの」
「えー? 昼休みはいつも大輝と話してるじゃん!」
「いいから、いいから」
美香はカンナの手を握る。
「今日は雨も止んでるし」
「何するの?」
「それは秘密!」
カンナは不思議そうな顔をしながら、美香を見つめた。
*
昼休み。
カンナは、美香たちに連れられて、屋上へ続く階段を登っていた。
「え~……」
カンナは屋上へ続く扉を見る。
「怖いんだけど……」
「大丈夫、大丈夫」
美香が背中を押す。
「何するの?」
「開けてみれば分かるよ」
咲良が嬉しそうに笑う。
「はい、カンナ!」
そして、扉を開けた。
カチャッ。
屋上へ出る。
「わぁ……」
カンナが目を見開いた。
昨日までの雨が嘘のように、空には青空が広がっていた。
雲の切れ間から、柔らかな光が差している。
梅雨の晴れ間。
少し湿った空気の中を、爽やかな風が吹き抜けていく。
「綺麗……」
カンナが空を見上げる。
そのときだった。
「カンナ」
「……え?」
声が聞こえた。
振り向く。
そこに――。
「大輝……?」
大輝が、落ち着かない様子で立っていた。
「なんで……?」
何度も深呼吸している。
手も、少しだけ震えている。
「どうしたの?」
「……」
大輝は一度、目を伏せた。
そして、カンナを見る。
「カンナ。僕……」
大輝は、ゆっくり息を吸った。
「カンナのことが、好きだ!」
カンナの目が、さらに大きくなる。
頬が、少しずつ赤くなっていく。
「……うん!わたしも、大輝のこと、好きだよ」
大輝の顔も赤くなった。
「……」
大輝はぎゅっと拳を握り締め、カンナの目をまっすぐ見つめて続けた。
「だから……僕と、……付き合ってください!」
二人の間を、少し湿った風が通り抜ける。
カンナの笑顔が、少しだけ消えた。
青い空を見る。
そして、大輝を見つめる。
「……ごめんなさい」
小さな声だった。
「……」
大輝は、目を見開いた。
そのとき――。
ガチャッ!
屋上の扉が勢いよく開いた。
「「「えーーーーーーーーっ!?」」」
美香、咲良、奈緒の声が重なった。
「カンナ!?」
「ちょっと待って!」
「え、なんで!?」
カンナは、ゆっくり振り返った。
「……美香」
「カンナぁ!」
美香が頭を抱える。
「なんで!? なんで『ごめんなさい』なの!?」
カンナは答えなかった。
ただ、少しだけ困ったように笑った。
青空の下。
騒がしい美香たちの声をよそに、梅雨の晴れ間に吹く風だけが、静かに大輝とカンナの間を通り過ぎていった。




