第1話 『君のカッコいいところ』
「学校、始まるね」
放課後。
昇降口を出たところで、美香がぽつりと言った。
「うん。一年生って、あっという間に終わっちゃった」
カンナは、空を見上げる。
春の終わりを告げるような、少し暖かい風が吹いていた。
「二年生かぁ」
「何、その言い方」
「だって、もう高校二年生だよ? なんか、すごくお姉さんになった感じしない?」
「全然しないけど」
「えー、感じ悪」
カンナは頬を膨らませる。
「まあ、いっか。二年生になった記念に、今日はカラオケ行こう!」
「記念って何の?」
「二年生になった記念!」
「それ、昨日でも行けたよね?」
「細かいことは気にしない!」
「そうだね。カンナはいつもそうだし」
二人は笑いながら、駐輪場へ向かって歩いていく。
いつもの帰り道。
いつもの二人。
それだけの時間が、なんとなく心地よかった。
――その途中だった。
「あ」
カンナが足を止める。
「どうしたの?」
「……大輝」
視線の先。
校舎の向こうにある硬式野球部のグラウンドで、男子たちが練習をしていた。
その中に、一人。
カンナがじっと目で追っている男子がいた。
ボールを投げる。
走る。
仲間に何か声をかける。
ただ、それだけ。
特別目立つわけでもない。
けれど。
「大輝くんのこと見てるの?」
美香が横からカンナの顔を覗き込んだ。
「え?」
「さっきからずっと見てるじゃん」
「見てないよ」
「見てる」
「……見てた」
あっさり認める。
そしてカンナは、嬉しそうにグラウンドへ視線を戻した。
「カッコいいよね。大輝ってさ」
「そうかな? カッコいいかな?」
美香は、興味がなさそうにグラウンドを見る。
「カッコいいっていうかさ……あの、アンパンみたいなほっぺが良いんだよね」
「は? アンパン?」
美香が変なものを見る目でカンナを見た。
「うん。走るたびに、ちょっとだけぷにぷに動く感じ。伝わらない?」
「全然分かんないし、例えが独特すぎ……」
「いいの」
カンナは笑った。
「わたしがカッコいいと思えれば」
「……まあ、それはそうだけど」
「それにさ」
カンナは少しだけ首を傾ける。
「芸能人みたいな人、わたしは嫌いだな」
「なんで?」
「だって、みんながカッコいいって言うじゃん」
「それが嫌なの?」
「うん」
カンナは大輝を見ながら、楽しそうに笑う。
「わたしだけが分かる、その人の魅力って良くない?」
「……」
美香がカンナを見る。
「それってさ」
「ん?」
「カッコいい人って浮気するって思ってるからでしょ?」
「それもあるかな」
「あるんだ……」
美香は呆れたように息を吐く。
けれど、カンナは気にしていない。
大輝がグラウンドを走る姿を、楽しそうに目で追っている。
その横顔を見ながら、美香は少しだけ唇を尖らせた。
「私とは取り合いにならなそうだから、いいけどね」
「え?」
カンナが振り返る。
「美香。誰か気になる男子がいるの?」
じとっとした目。
「いない。いない」
「本当に?」
「全然いない」
「怪しい」
「怪しくないって」
美香は慌てて手を振った。
「そもそも、ウチの学校にカッコいい男子なんていないし」
「ふーん」
カンナはそれ以上追及しなかった。
ただ。
少しだけつまらなそうな顔をする。
「なーんだ。つまんないの」
「何が?」
「美香にも好きな人がいたら、面白かったのに」
「私はそういうのいいの」
「そう?」
「うん」
美香は少し間を置いてから、カンナの腕に自分の腕を絡めた。
「私はカンナがいるから、彼氏いらないかな」
「え?」
「カンナ、可愛いし」
そのまま、美香はカンナに抱きついた。
「ちょっ……!」
突然のことに、カンナの身体が少し傾く。
「美香、痛い!」
「えー。そんなに?」
「力強すぎ!」
「あ、ごめん」
そう言いながらも、美香はなかなか離れない。
カンナは困ったように笑った。
「もう……」
それでも。
嫌ではなかった。
美香も、カンナも。
こうしてくだらない話をしている時間が好きだった。
恋愛の話をしたり。
学校の話をしたり。
誰かの噂話をしたり。
時には、何の意味もないことで笑ったり。
そんな放課後。
特別なことなんて、何もない。
だけど。
だからこそ、二人にとっては大切な時間だった。
「ほら、美香。カラオケ行こ!」
「その前に自転車!」
「あ」
「忘れてたでしょ」
「……忘れてた」
「もう」
二人はまた笑う。
そして、自転車置き場へ向かって歩き出した。
グラウンドでは、まだ野球部の練習が続いている。
カンナは一度だけ振り返った。
大輝の姿を探す。
けれど。
「……あれ?」
もう、どこにいるのか分からなかった。
「カンナ、置いてくよ」
「待ってー!」
カンナは慌てて美香を追いかける。
二人の笑い声が、校舎の間に響いていく。
――そんな、何気ない一日だった。




