第17話 『君は理想です』
放課後。
サッカー部の練習中。
私は、グラウンドの端から野球部のほうを見ていた。
大輝先輩が、水場へ向かっている。
私はすぐに立ち上がった。
「私、水の補充をしてきまーす」
他のマネージャーに声をかける。
私は、何でもないような顔で水場へ向かった。
大輝先輩が水場に着く。
私も、少し時間をずらして近づいた。
偶然を装う。
しつこいと思われない程度に。
でも、ちゃんと印象に残す。
それが私の作戦。
「大輝先輩、こんにちは!」
「こんにちは」
大輝先輩は、普通に挨拶を返してくれた。
「よく会いますね!セン、パイ!」
「そうだね」
「さっきのノック、ナイスキャッチでしたね」
「……?」
大輝先輩が、少し不思議そうな顔をする。
私は笑った。
「端っこから見てたんですけど、かっこよかったので」
「そうかな?」
「そうですよ!」
その後も私は、少しだけ話した。
部活のこと。
野球のこと。
学校のこと。
特別な話ではない。
でも、大輝先輩はちゃんと答えてくれる。
「ははははっ。そうなんですね」
私は笑った。
大輝先輩も、少し笑う。
「大輝ー!」
そのとき、野球部員の声が聞こえた。
「練習始まるぞ!」
「あ、うん!」
「たく、何でお前ばっか、女子に声かけられてんだよー」
大輝先輩は、すぐに仲間のところへ戻っていった。
私は、その背中を見送る。
「……」
やっぱり、普通の人。
でも――。
朝倉さんが好きになるくらいだから、まだ何かあるはず。
そう思っていた。
*
木曜日。放課後。
サッカー部の練習が終わった。
野球部も、ちょうど練習を終えたところだった。
私は、野球部の部室のほうを見る。
大輝先輩が、部員たちと話している。
私は、少しだけ考えた。
そして――。
「大輝先輩ー!」
声をかける。
大輝先輩が振り向いた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様」
大輝先輩は、いつだって親切で、優しく笑ってくれる。
「……」
私は、その無邪気な笑顔を見ていると、少しだけ罪悪感が湧いた。
けれど――狙い通り。
「大輝ー!」
明るく、よく通る声。
朝倉さんだ。
今日は、文化祭のダンス練習の日。
友達と一緒に、体育館のほうから歩いてくる。
朝倉さんに私と大輝先輩が見えたはず――。
でも――。
大輝先輩が、朝倉さんを見る。
――その瞬間。
先輩の口元が、ふっと緩んだ。
「……」
私は、思わず大輝先輩の顔を見る。
さっきまで私に向けていた笑顔とは、少し違う。
大輝先輩は、朝倉さんのほうへ歩いていった。
(私には、気を遣って笑ってくれていただけ……)
そう思えた。
私は、少しだけ二人を見つめていた。
「おい、皐月!」
「え?」
声をかけられて振り返る。
向井先輩だった。
「どうした?」
「いえ……」
私は、大輝先輩と朝倉さんを見る。
「あの二人……仲がいいですね」
向井先輩も、二人のほうへ目を向けた。
「……ああ」
少しの沈黙。
「幸せそうだな……」
私は、向井先輩の横顔を見た。
いつもの笑顔じゃない。
どこか遠くを見るような目。
寂しそう。
「……」
私は、すぐに後悔した。
「先輩……ごめんなさい」
「何を謝ってるんだ?」
「だって……先輩、朝倉さんのこと――」
「もういいんだ」
向井先輩は、笑った。
「俺は、知ってたんだ」
「……え?」
「カンナが大輝のことを好きだってこと」
私は、黙って先輩を見る。
「でも、自分の気持ちを伝えておかないと、俺自身が次に進めないと思った」
「……」
「ズルいよな」
「そんな……」
「いや。酷いのは俺のほうさ」
先輩は苦笑する。
「カンナが大輝を好きだって知ってて、それでも告白したんだから」
「……」
「皐月にこんなこと言っても、言い訳にしかならないけどな」
私は、何も言えなかった。
先輩は、私が思っていた以上に真っ直ぐだった。
自分の気持ちから逃げなかった。
結果がどうなるか分かっていても、ちゃんと伝えた。
私は、大輝先輩を見る。
朝倉さんを見る。
そして、向井先輩を見る。
みんな、自分の気持ちに正直だった。
羨ましい。
そんなふうに思った。
「先輩……」
「ん?」
「私……」
少しだけ迷う。
「私も、先輩の次の恋の候補に入れてもらうことはできますか?」
「……はぁ?」
向井先輩が、驚いた顔で私を見る。
そして――。
少し笑った。
「お前な……」
私も笑う。
でも、先輩の顔を見ているうちに、その笑顔が消えた。
私の目が、冗談じゃないことに気づいたのかもしれない。
「……候補に入れてもいいよ」
「……!」
「ただし」
先輩は、少しだけ笑った。
「俺の理想は高いぞ」
そう言って、向井先輩は朝倉さんを見る。
朝倉さんは、大輝先輩と楽しそうに話している。
笑っている。
ただ、それだけなのに。
向井先輩が「理想」と言って見つめる人。
私もそんな目で見つめられたい。
大輝先輩はいい人だった。
でも――もういい。
私は、朝倉さんを見る。
そっちのほうが、ずっと気になる――私は少しだけ笑った。
――次の観測対象は、朝倉さんだ。




