第16話 『君はいつも元気だな』
放課後。
野球部の練習。
休憩時間になり、僕は水場へ向かった。
顔を洗う。
「……ふぅ」
冷たい水が気持ちいい。
暑くなってきたせいか、最近は練習中によく汗をかく。
顔を拭こうと、置いていたタオルに手を伸ばした。
(……あれ? ない)
さっきまで、ここに置いていたはずなのに。
「はい!」
「え?」
振り向くと、女の子がタオルを持って立っていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
僕はタオルを受け取った。
「君は?」
見覚えがない。
「あ、私ですか?」
女の子は笑った。
「サッカー部のマネージャーの、皐月夏音って言います」
「そうなんだ」
「梅雨の前って、暑くなりますよね」
「う、うん。そうだね」
何となく返事をする。
「じゃあ、練習頑張ってくださいね」
「あ、うん。ありがとう」
皐月さんは笑顔で頭を下げると、サッカー部のほうへ戻っていった。
「……」
僕は、少しだけその後ろ姿を見た。
でも、すぐに練習へ戻った。
*
翌日の昼休み。
友達と昼食を食べ終わり、教室で雑談をしていた。
「大輝ー!」
明るい声が聞こえる。
カンナだった。
その隣には、蓮見美香さんがいる。
蓮見さんは、僕と同じ中学校だった。
中学の頃、話したことはある。
でも、そこまで多く話した記憶はない。
「ごめん」
僕は友達に手を上げると、カンナたちのところへ向かった。
三人で教室の後ろにあるロッカーの前へ移動する。
昼休みの後半は、こうやってカンナと話すことが日課のようになっていた。
「大輝、今日も元気?」
カンナはいつも元気だ。
その声を聞くだけで、僕も自然と笑ってしまう。
「カンナはいつも元気だな。僕も元気になれるよ」
「カンナは無駄に元気なだけだよ」
隣から蓮見さんが言った。
「ひどい!」
カンナはぷっと頬を膨らませると、僕を振り返った。
「そうかな?」
そのどこか幼い仕草が少し可愛くて、思わず頬が緩みそうになる。
「う、うん。たぶん、そうかな……」
「もう、大輝まで!」
三人で笑った。
「そういえばさ」
カンナが僕を見る。
「今週末、雨なんだって」
「そうみたいだね」
「野球部は練習やるの?」
「うん。夏の大会が近いからね」
僕は答えた。
「三年生にとっては、最後の大会になるから。みんな気合いが入っているんだ」
「雨でも?」
「雨でも、できることはあるからね」
「そっかー」
カンナが感心したように頷く。
「体育館を使ったり、校舎の階段を走ったりするんだ」
「雨にも負けず頑張るんだね!」
カンナが僕を指差す。
「大輝、偉いぞ!」
「あいがとう……」
「カンナ、それ何目線で言ってんの」
蓮見さんがツッコミを入れ、窓の外を見る。
「でも、もう梅雨入りかー」
「最近、蒸し暑いよね」
カンナも僕を見る。
「大輝は練習、大丈夫?」
「うん。僕は汗っかきだから、水分補給はちゃんとするし、休憩中は顔もよく洗うようにしてる」
「へー」
カンナが頷く。
「……あ」
ふと、昨日のことを思い出した。
サッカー部のマネージャー。
皐月夏音さん。
タオルを渡してくれた。
「……」
話そうかと思った。
でも――。
ただタオルを渡されただけだ。
変に気があるように思われても嫌だし、言うほどのことでもない気がした。
「『あ』って何?」
カンナが首を軽く傾げる。
「え?」
「怪しいなー」
蓮見さんがニヤッと笑った。
「あーっ!」
突然、蓮見さんが僕を指差す。
「隠し事かー!」
「え?」
「私の勘は鋭いぞー!」
蓮見さんがジト目で僕を見てくる。
「美香っ!」
カンナが慌てる。
「変なこと言わないでよ!」
「だって怪しいじゃん」
「ねぇ、大輝!」
カンナが僕を見る。
「何かあったの?」
「昨日の――」
その瞬間。
キーン、コーン、カーン、コーン。
チャイムが鳴った。
「あ……」
昼休みが終わった。
「もう時間か……、早いなぁ」
カンナが残念そうに言う。
「じゃあ、また放課後ね!」
「うん」
カンナと蓮見さんが席へ戻っていく。
僕も自分の席へ戻った。
そして放課後。タオルの話題が出ることなく、今日も野球部の練習が始まる。
僕は昨日のことを少しだけ思い出していた。
――皐月夏音さん。
あの子は、何だったんだろう。
そんなことを考えながら、僕はグラウンドへ向かった。




