第9話 『君は何を見ているの』
向井の告白イベントのあと。
カンナと美香は、自転車置き場まで歩いていた。
「美香~……。気まずいよ~」
「そうだね」
美香は苦笑する。
「向井も、面倒くさいことしてくれたな」
「どうしよう……」
カンナは自転車のハンドルに手を置いたまま、俯いた。
「わたし、分からなくなってきちゃった。大輝のこと……」
美香がカンナを見る。
「大輝のこと、嫌いになったわけじゃないんでしょ?」
「なってないけど……」
カンナは小さく答えた。
「わたしのこと、面倒くさい女に思われちゃったかな?」
「面倒くさい?」
「だって……」
向井から突然の告白。
そして、その場にいた大輝。
「『好きな人いる』って言っちゃったし……」
「でも、それ本当じゃん」
「そうだけど……」
カンナは困ったように眉を下げた。
「軽い女に見られちゃったかな?」
「そりゃ、カンナは普段の行動は軽いけど……」
「えっ!」
カンナが顔を上げる。
「美香まで不安にさせるようなこと言わないでよ!」
「ごめん、ごめん」
美香は笑った。
「でも、カンナは絶対モテるタイプだから、付き合うほうもそれなりの覚悟がいるかもね」
「いやー、それはないけど……」
カンナは少し考える。
「それにわたし、そんなに恋愛にのめり込むタイプじゃないし」
「そうなの?」
「うん。恋愛はしたいけど……」
カンナは少しだけ笑った。
「そればっかりになるのは、なんか違うかなって」
「なんで?」
「だって、そのほうがお互いのためじゃん」
「……カンナらしいね」
美香はそう言って笑った。
「でも、今はめちゃくちゃ悩んでるじゃん」
「それは……」
カンナは言葉に詰まった。
「大輝に、どう思われたのか分からないから」
「んー……」
美香は腕を組んだ。
「面倒だから、カンナから告白しちゃえば?」
「えー!」
カンナは目を丸くした。
「それは絶対ダメ!」
「なんで?」
「始まりは、好きな人からの告白がいい!」
「もー!」
美香が呆れたように笑う。
「カンナもワガママだな……」
「だって、そういうのがいいんだもん」
「はいはい」
美香はため息をついた。
「じゃあ、私が聞いてこようか?」
「え?」
「大輝がカンナのこと、どう思ってるのか」
「それ、イイかも!」
カンナの顔が明るくなる。
けれど、美香はすぐに首を振った。
「いや、ダメでしょ!」
「えー?」
「私がそこまでするの、変じゃない?」
「美香~」
「イ、ヤ、だ!」
「えー!」
二人は自転車を押しながら、いつものように笑った。
けれど、カンナの胸の中には、昨日から消えない不安が残っていた。
*
翌朝。
カンナはいつもより少し早く教室に来ていた。
昨日のことを、美香に相談したかった。
でも――。
教室に入って最初に目に入ったのは、大輝の席だった。
「……」
まだ、大輝は来ていない。
そして昨日のことが、何度も頭に浮かんでくる。
向井の告白。
自分の返事。
そして――大輝の顔。
教室には、少しずつ生徒が増えていく。
すると、昨日のことを話す声が聞こえてきた。
「……昨日の向井の告白、見た?」
「……朝倉さん、断ったんだよね?」
「……橋本くんのこと好きなんでしょ?」
「……向井って、朝倉さんのこと本気なのかな?」
「……でも、まだ付き合ってないんでしょ?」
カンナは、机の上で手を握った。
「……」
誰も悪くない。
みんな、昨日の出来事を面白そうに話しているだけ。
でも――。
今のカンナには、その一つ一つの言葉が重かった。
「何々?」
そこへ、咲良が鞄を置きながら、楽しそうに聞いてきた。
「私の帰ったあと、すごいことが起きたんだって?」
「そうなんだよ」
美香が答えた。
「ダンスの練習どころじゃないね」
咲良が笑い、カンナを見る。
「カンナ、モテるじゃん!」
「……うん」
カンナは小さく笑った。
そのとき、奈緒が心配そうにカンナを見る。
「大丈夫? カンナ……」
「……」
カンナは答えなかった。
そして、ゆっくりと大輝のほうを見る。
大輝は、自分の席で黙ったまま、前を向いていた。
カンナは、しばらく大輝を見つめる。
――わざと、避けてる?
そう思った瞬間。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「……」
カンナは静かに立ち上がった。
「カンナ?」
美香が声をかける。
カンナは何も答えず、教室を出ていった。
「カンナ……!」
美香が立ち上がる。
「どうしたんだろう……」
奈緒も後を追った。
*
保健室。
カンナはベッドに横になっていた。
美香と奈緒が、その横に座っている。
「……」
カンナは天井を見つめていた。
「昨日のこと、そんなに気にしてるの?」
美香が静かに聞く。
「……うん」
カンナは小さく答えた。
「大輝、何も言ってないじゃん」
「分かってる」
カンナは目を閉じた。
「好きって、難しいな……」
美香は何も言わなかった。
奈緒も、黙ってカンナを見ていた。
そして、カンナは昼を過ぎても教室には戻らず、そのまま早退した。
家に帰ると、制服のままベッドに横になる。
「……」
目を閉じても、大輝の顔が浮かんでくる。
いつもなら、
――悩んでも仕方ない。
そう思える。
でも今日は、どうしても頭から離れない。
「……明日、普通に話せるかな」
カンナは小さく呟いた。
返事をする人は、誰もいない。




