王女のつがい
「さあグレース、準備はいいか」
「もちろんです、ミゲーラ様」
件の一斉離縁は、まだ続いている。
中には跡継ぎの子供を抱えて逃げた者もおり、逃がすものかと逃げる妻を乱暴な方法で追った男達もいた。その暴力的な様子は世間から白い目で見られ始め、逃亡支援にあたる村の女達は疲労を押して戦っている。
そうした貴族界の騒乱を、
王家は見て見ぬ振り、我関せずと沈黙を貫いた。
ならばとミゲーラは動いた。
グレースを連れ、王宮まで乗り込んだのである。
ーーーーーーーーーー
「我が名はミゲーラ!!
王女に謁見を申し入れる!!」
鎧を身につけ、王宮正門のど真ん中でそう声を張り上げたミゲーラを、衛兵はぎょっとした目で見つめた。
「マ、マダム、とち狂ったんですか」
慌てて止めに来た衛兵が歯に衣着せぬ物言いでミゲーラに詰め寄る。
「いいや、とち狂ってなどいない。
我は禁足地のミゲーラ。
つがい制度の被害者である王女に、
救済の手を差し伸べに来た」
その威厳ある物言いに押された衛兵、「上司に確認して参ります」と王宮の奥へ下がっていく。
しかしミゲーラの足は止まらない。
勝手知ったるとばかりにずんずん奥に進み、一つの部屋の前で立ち止まった。
「王女殿下!!おられますか!!
王女殿下!!」
ミゲーラが張り上げた声に驚いた侍女が飛び出してくる。
「お、王女殿下はお会いになりません」
「我々は敵ではない。
つがいから逃れる術をお伝えにきた。
我は禁足地のミゲーラ」
その言葉に頬を緩める侍女。
王女付きの侍女ともなれば貴族家出身。ほとんどの者がミゲーラの名を知っているはずだ。
おずおずと扉を開けた侍女に、「感謝する」と言い身を滑り込ませる。
「あなたは…」
「ミゲーラと申します、殿下。
こちらはグレース。私の側近です」
王女はきちんとドレスを着込み、豪奢なドレッサーの椅子に腰掛けていた。
「ずいぶん急なお客様ね」
そう言って立ち上がった王女を見て、グレースは思う。
華奢な足首、細い首筋。
傷跡ひとつない細い腕。
ああ、この方は鍛えていない。
つがいに怯えて鍛える必要のなかった、そういう方だと。
『この方にはきっと、トレーニング相手なんていない。
逃亡戦略を練る授業なんて受けたことがないでしょうね』
同じ女であるのに、こんなにも違うものか。
アーチーの最期が脳裏に浮かび、
グレースはそっと奥歯を噛んだ。
「ミゲーラ。
わたしを救ってくれると、そう言うのね」
「ええ、殿下。
あなたはつがいの運命を受け入れ、
件の侯爵令息に嫁ぎますか」
「まさか!冗談じゃないわよ!
そもそもつがいって何なのよ、
馬鹿馬鹿しいったらありゃしないわ」
王女はお転婆にベッドにぼすんと腰掛け、大きく両手を上げて伸びをする。
「私はキラッキラの王子様と結婚するんだから!
成り上がりなんかに嫁ぐもんですか。
ところであなたたち」
そう言って侍女に、ミゲーラとグレースのための紅茶と菓子の用意を命じた。
お任せください、という侍女の言葉からすぐ、あっという間に供された茶会セットに、グレースは驚きを禁じ得ない。
「まあまあ、せっかく来たのだもの。
少しお茶でもしていきなさいよ」
「そんな暇はー」
そう語気を強めたグレースを、ミゲーラが遮った。
「頂きましょう」
ーーーーーーーーーー
「おいっしい…」
久しぶりに食べたデセールの甘さに、鎧をガシャガシャ言わせながらグレースは感嘆する。
「でしょお?!」
王女が無邪気にあれもこれもと、色とりどりのスイーツをグレースの皿に追加してくる。
なんでこんな豪華なスイーツワゴンが即時で用意できるんだ。
おかしいだろう、王家。
そう思いながらもグレースの手は止まらない。
「へえ、禁足地ってすごいのね。
畑もあって狩りもして?
しかも針仕事で外貨収入もあるの?」
「ええ、そうでございますよ」
優雅に紅茶(無糖)を口にしていたミゲーラが言う。
「まるで冒険書の中のお話みたい。
ホントにうちの国?」
「ええ、すぐ近くでございます」
「信じられなーい!!」
キャッキャと笑い声を上げる王女に、グレースは半ば辟易していた。
『脳天気にこんなに美味いお菓子を食べて…
生まれが違うとこんなに人って違うものかしら』
口を休ませず次から次へと甘味を放り込み、グレースが久しぶりの高級菓子を堪能していると。
「王女殿下、陛下がこちらへ向かっておられます」
慌てた侍女が報せを持って飛び込んできた。
『しまった、楽しんでいる場合じゃなかった』
グレースはすかさずシュークリームを飲み込み、口の端のクリームを乱暴に袖でぬぐう。
『王が駆け付けるのは想定内。
ミゲーラ様は、
自分たちが罰せられることはないと仰っていた』
立ち上がり、指示を待ちミゲーラを見た。
ミゲーラはグレースに向かって頷き、
「殿下にはしばらく傍にいていただく」
と告げた。
グレースは頷くと、
「殿下、失礼致します」
そう言って、王女の細い首に腕を回した。
王女は騒ぐでもなく、軽く顎を上げてグレースの腕が巻き付くに任せている。
『意外と肝の据わったお方だ』
そうして迎撃準備が出来てすぐに、けたたましい足音が響き、扉を破るかのように王が飛び込んできた。
「娘よ!!!」
「お父様、やかましいわよ」
「しかし不審者が侵入したと!」
「不審者じゃないわ。客人よ」
グレースに首元を押さえられたまま、事もなげに王女は言った。
「何を言っている!!」
「ほんとよ。
私をつがいから逃がしに来てくれたの。
禁足地のミゲーラ、お父様知ってる?」
「何を馬鹿馬鹿しいことを!!
つがいなどホラ話だ!!お前には関係がない!!」
「ホラ話ではありませんよ」
ミゲーラが王の言葉を遮った。
「な…」
不敬な、と王の口がパクパク動くが、言葉にならない。
代わりに王女が口を開いた。
「で、ミゲーラ、
これからどうすればいいの?」
ミゲーラは王女に頭を下げると、恭しく告げた。
「殿下、申し訳ありません。
少々役者が揃っておらず」
「そうなの。
もう少しお茶会してても良かったわね」
なおも余裕を崩さず言う王女に、グレースが感心したそのとき。
「陛下、ボン・ドレ伯爵がお越しです」
「またか!!毎日毎日飽きもせず来おって!!」
「お邪魔致しますよ」
呼ばれもしないのに勝手に入ってきたのは、いつかのようにまるで神父のような格好をした器の小さそうな男、ボン・ドレ伯爵だ。
ずいぶん久しぶりに顔を見たが、血色の良かった肌がすっかり乾いてやつれている。
脂汗をかいたボン・ドレが揉み手をし、
「陛下、そろそろ決断されませんと。
この国の貴族達にしめしがつきませんぞ」
と嫌な笑みを浮かべて王に詰め寄る。
「ええい、くどい!!
下級貴族の神託ごっこに王家を巻き込むな!!」
「王よ、それは許されませんぞ。
つがいは神の導き。それを無碍になさるなど。
そうそう、今日は王女のつがい様もお越しですぞ」
「勝手に連れてくるな!!」
王がこめかみに血管を浮き上がらせて怒鳴り散らす中、
ボン・ドレが部屋の入り口を指さした。
かつ、かつと靴音を響かせ、
一目で上等と分かる軍服に身を包んだ一人の男が姿を現す。
グレースの腕の中の王女が、ひゅう、と口笛を吹く。
「あら、存外いい男じゃない」
グレースはその男の顔を見て驚愕した。
「ご紹介します。
アーチボルト・エルガー侯爵令息です」
そこに立っていたのは、
あの日死んだはずのグレースの盟友、
アーチー瓜二つの男だったのだ。




