ミゲーラ、その腹の中
「同胞諸君、今日は話がある」
禁足地の女たちは、全員で夕食を摂るきまりになっている。
互いに助け合って生きるこの里では、毎日一度は顔を合わせることで、生存確認や必要な情報の交換を行うのだ。
夕食の前の乾杯の際、ミゲーラは杯を高く掲げて言った。
「話?一体どうしたっていうんです、姉御」
ミゲーラに向かって言ったのは、グレースより先輩のつがい被害者。元は伯爵家令嬢であったというが、今は村で最も自在にヌンチャクを扱う前線戦闘部隊だ。
「うむ。食べながら聞いてくれ」
ミゲーラは恐らく相当な年齢だと思われるが、年を感じさせない肌の張りと髪の艶を保つ、筋肉質な女戦士であった。彼女は普段から、「若さの秘訣は水と肉と運動」と豪語しており、その証拠に今日も食卓には大きな鹿肉が並ぶ。
「いただきます」
ミゲーラの合図で一斉に始まった食事。
黙々と、美しい所作で、空いた腹をどんどん満たす。
グレースはこの村の食事風景が好きだ。
元貴族令嬢たる気品と、森の戦士たる豪快さを併せ持った気高い獣のような食事風景。
「諸君、どうやら機は熟したようだ。
憎きつがい制度をぶっ壊す時が来た」
途端に静まりかえる食卓。
グレースは口にしていた鹿肉を飲み込み、おずおずと手を挙げた。
「ミゲーラ様、お言葉ですが、
どうやってぶっ壊すと?
つい先日、前衛隊長が村を出られたばかりです。
戦力としては熟したとは言い難いかと」
「グレース、その通りだ。
我々は数も少なく、戦力としてはいささか不十分」
「では、どのように」
「…協力者たちが、舞台を整えてくれた」
「協力者?」
思わずグレースの片眉が不機嫌につり上がる。
この里に出入りする者といえば、ミゲーラが指定した行商人と医者だけ。それも城門内には入れず、外に簡易に作られた小屋で取引や診察・処置を行うに留まる。
長く村にいるグレースでも知らぬ協力者など、いるとは思えなかったのだ。
「すまん、グレース。
内密に事を進めていた。
君を除け者にしたかった訳じゃないんだ。
だが気負うな、君たち。
我々が行うべきはこれまで同様。
逃げ出す決意をしたつがい達を全力で逃がす。
それだけだ。
今度は少し数が多いかもしれんがな」
「数が多い?そんなに大規模なつがい取りが?」
グレースの言葉に、ミゲーラは首を横に振る。
「…いいや。今後起こる事態の中で、
かつて逃亡に失敗したつがいたちが、
再び立ち上がるだろう。
彼女らを迎え入れるのだ」
「それであの、手紙…」
グレースの脳裏に、手紙を配った女たちの顔が浮かぶ。
ガードルートの他にも、不遇に喘ぎ、現状から逃げ出したいという女達は多くいた。
逃亡を望まなかった女達も、必要な支援はすると約束してくれた。
「そうだ。
これから協力者が国を引っかき回す。
その事態に乗じて、
過去無理につがいにされた女達が離縁を申し出る。
それをもって、この制度の悪辣さを訴え出る」
「そんな!
これまで国が見て見ぬ振りをしていた制度です。
そんなに簡単に潰せるとは思えません!」
グレースは噛みつく。
下手を打ってこの村ごと摘発対象にでもなれば、それこそ犬死にだ。
悲願は遙かかなたに遠ざかってしまう。
「それはこれまで、
王家にとって他人事だったからだ」
ミゲーラは事もなげに言う。
「それは、そうでしょうけれど…」
モテない男は自身より下の立場の女を標的にすることが圧倒的に多い。運命など存在しない、運命にかこつけて婚姻を強いている自覚があるが故、これまで王家につがいの指名を入れるような馬鹿はいなかったのだ。
「とある侯爵令息が、
王女をつがいとして指名する」
ミゲーラが言い放った一言に、女達は固まった。
王女に?
王が宝のように溺愛しているという美しき王女に?
現王ただひとりの御子に?
…馬鹿な。そのようなことは…
「ボン・ドレ伯爵が許さないでしょう」
そうだ。
あのエセ神父、生臭坊主。
俗物、小者の象徴みたいなあの男が許すはずもない。
「その令息はボン・ドレ伯爵の窮地を救っている。
彼の言うことには逆らえないはずだ」
弱みを握っているとも言う、とミゲーラは笑う。
「そんな大それたことを…」
「まあつまりは、その侯爵令息が協力者だ。
正確には彼自身は旗印にすぎない。
その背後では大勢の貴族が彼を支援している」
ミゲーラは豪快に水を飲み干し、言った。
「これまでつがいの被害にあった家門が、
ついに一丸となって一人の男の背を押した。
つがい制度に並々ならぬ恨みを持ち、
その壊滅を目論む男。
娘をつがいとして奪われた恨みを持つ家門を渡り、
家柄ロンダリングを繰り返し、のし上がった」
「家柄ロンダリング」
聞き慣れない言葉だが、まぁ言いたいことは分かる。
「彼に投資し、事業を持たせ、
莫大な資金を得た。
それを使ってなまくら坊主ボン・ドレを陥れ、
決して逆らえぬ傀儡に仕立て上げた」
ミゲーラの吟遊詩人のような語り口に、女達は釘付けになる。
「そして機は熟した。
侯爵令息はボン・ドレに言うのさ、
『俺のつがいはあの麗しい王女だ。そうだな?』
とな」
グレースの喉をごくりと生唾がつたう。
ミゲーラはなお続ける。
「ボン・ドレは逆らえない。
王家につがい指名の申し入れに行くことになる。
だが王女は王家にとっての宝。
他国への輿入れも考えているだろう。
そんな話を受ける訳がない」
「それはそうでしょうね」
「それが合図だ。
これまでつがい制度で囚われた女達が一斉に蜂起する。
王家だけが拒否できるなど、
都合の良い神話など信じていられるか、と。
一斉離縁だ」
「それを我らが受け止めると」
「そうだ。
女だけでなく子を連れて逃げてくる者もあるだろう。
つがい制度で上手くいっている夫婦もある。
だが少なからず、
心に恨みの火を燃やし日々を送る者はいる」
"つがい戦法"を取ったモテない男達の中にも、迎え入れたつがいに思いやりをつくし、結果良い夫婦関係を築く者もいるという。そういう者に作戦の強要はしない、ということらしい。
「そして私たちにはもう一つ役目がある」
「役目」
「ああ。
女達の蜂起で王家がつがい制度を否定してくれれば良し。
だがうやむやにしようとするならば…。
いつもの通り、
つがい制度の被害者を、逃がしに行く。
…王女を、お迎えにあがる」
「しかしそれは、
王女が王家から離れることを意味します」
「そうだ。つまり、王女の簒奪だ」
「簒奪」
「脅しをかけるとも言うな。
つがい制度を黙認するなら、王家が選ぶ道は二つ。
王女をつがいに嫁がせるか、失うか」
「我々下級貴族の女が迫られる選択ですね」
「その通り。
王家であっても例外はないと畳みかける。
だがつがい制度の撤廃、禁止令を王家が出すならば」
「そのどちらも選ぶ必要はなくなる…」
「その通りだ」
なあに、我々は善行をしているまで。
何せ唯一許された、つがい制度からの逃げ道だからな。
ミゲーラは悪い顔で笑った。
「王女を迎えにいくときには…
グレース、君が共に来てくれ」
グレースに否やは無かった。
賭けるならばこの時だと、予感がそう告げていた。




