垣間見る被害者の暮らし
「…どういうことだ」
闇夜に紛れたグレースは、とある一人のつがい被害者の屋敷に忍び込んでいた。あらかじめ調査した屋敷の見取り図で、奥方の寝室だと書かれた部屋を覗き込む。
果たしてそこには一人の女性が眠っていた。
だが。
「…別人だ」
そこで高価なネグリジェを身に纏って眠っていた女性は、聞いていた姿形とも姿絵とも似ても似つかない。
不審に思ったグレースは、今度は昼間にごみ回収業者のふりをして忍び込んだ。回収したごみの中に使えそうなものを見つけ、屋敷の中で働く掃除婦に尋ねる。
「こちらの奥様はガードルートというお名前ですか?」
「ああ、そうだよ。
ごみ回収業者が奥様に何の用だい」
「実はごみの中に、奥様宛の未開封の手紙が」
「あぁ、預かろうか?」
「いえ、ごみから何か取得する場合、
許可が必要でして」
「なるほどね、丁度あそこだよ。
旦那様と散歩しておられる。
さすがは運命のつがいだ、
いつまでも仲睦まじいお二人だよ」
…平民には、「運命のつがい」がハッタリであることはあまり知られていない。
しかし妙だ。
確かに庭園には仲睦まじい夫婦の姿があるが、やはりあの奥方はグレースが聞く「ガードルート」とは似ても似つかない。
グレースは接触を試みた。
「失礼いたします、ご主人様、奥様」
跪いて頭を下げ、屋敷の主人に声をかける。
主人はあからさまに嫌悪感を剥き出しにして答えた。
「…なんだ、ごみ業者か。
あまり汚いナリで近づくな」
「申し訳ございません。
実はごみの中に、奥様宛の未開封の手紙が」
「手紙?どんなの?
間違って捨てたのかなあ」
奥方は間延びした声で、だがこちらに歩み寄ってくれる。手紙を渡すグレース。
「なあんだ、これはいいのよ。
ドレスメーカーからのご用窺いよ。
イマイチな店だったから読まなかったの」
「さようでしたか」
「じゃあそれも回収しておいてね」
「かしこまりました」
そして夫婦の前から去ったグレースは、確信を持つ。
『やはり別人。
ガードルートの名を騙った、平民だ』
先ほどの奥方の発音は、貴族では嫌われ、避けられる抑揚だった。ガードルートは元は男爵令嬢。下位貴族とはいえ歴史ある家門、あえてその発音をするはずがない。
『どういうことだ』
グレースは探った。
すると分かったことがある。
屋敷の主人、ハウエル伯爵は自らのつがいを愛する余り、奥方を公式の場に出さないこと。
ガードルートが途中で入れ替わったということではなく、屋敷に来た時からあの女性であったこと。
…そして、ガードルートの輿入れと同時期に、ひとりの女性使用人が雇われたこと。
グレースはある夜、その使用人を尋ねた。
彼女は広い屋敷の中の最も奥、小さな繕い部屋にいた。
繕い部屋、と言っても貴族の服ではなく、使用人の破れた服の繕いや裾上げ、テーブルランナーなどの繕いをたった一人で担当していた。
突然現れたグレースに驚きながらも、作業の手を止めて迎え入れてくれる。
「こんにちは、ロマ。
…いえ、ガードルート様」
その使用人は、グレースが入手した姿絵そのままの姿だった。
「…あなたは?なぜその名を…」
「私はグレース。禁足地のグレース。
…ミゲーラ様よりお手紙です」
グレースが差し出した封筒を、使用人ロマこと"本物の"ガードルートは受け取った。中身を読み、うっすらと涙ぐむ。
「ああ、なんて嬉しいこと。
見て、脱出するなら支援する、ですって。
私を正しく見つけてくれる人がいた」
「ガードルート様、どうなっているんです?」
ガードルートは語った。
「ハウエル伯爵には平民の恋人がいたの。
それがロマ…今のガードルートよ。
私は最初から、身代わりとして娶られたの。
力の無い男爵であるうちが狙われたのよ」
「逃げ出せはしなかったのですか?」
ふるふると首を横に振る。
「仕事をさせることで監視されてるの。
この屋敷では誰も知らないけれど、
彼と婚姻しているのはロマでなく私なのよ。
有事の際ちゃんと姿を見せられるように、
閉じ込めて生かすつもりみたい」
「…外に手紙は出せますか?
我々とのやりとりはできる?」
「いいえ、手紙は送れないわ。
レターセットなど貰えないもの」
「なるほど。
ではこれを使ってください」
グレースはあらかじめ用意したたくさんのレターセットを渡した。宛先は既に書いてあるものだ。
「さて、どうやって手紙を受け渡しするか」
「…グレースさん」
ガードルートは立ち上がり、ランプの明かりを消した。
部屋に闇が満ちる。
だが、グレースには問題とならない。この国の淑女は夜目も利く。夜間訓練があるからだ。
そしてそれは、ガードルートも同じ。
音もなく勝手口から外へ滑り出ると、ふたりは屋敷を囲う塀の足元にやってきた。
「この塀のすぐ向こうに、郵便ポストがあるの」
「…ガードルート様」
「声を控えて」
ガードルートはおもむろに塀を触ると、その頂きを見つめた。
ざ、と2.3歩後ろに後ずさる。
そして勢いよく助走を付けると、塀を蹴り上がり、見事な壁登りで塀の上に立ち上がった。
明るく照らす月の光を背後に、ガードルートはグレースを見つめる。
「針仕事に閉じ込められても、
トレーニングを欠かしたことはなかった。
思えば私は、ずっと期待していたのかも。
…誰かが私を見つけてくれるのを」
それはまさしくこの国の、心身を鍛え上げた戦う淑女の姿だった。
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ガードルートはあれから、怪しまれぬよう屋敷に留まりながら、逃げ出す準備を進めている。
なぜ、これまでは新規のつがい被害者の救済に徹していたミゲーラが、突然その手を過去の被害者まで広げたのか。
グレースはそれが疑問でならなかったが、答えはある日明かされた。
夕食のさなか、ミゲーラが言ったのだ。
「諸君、重要な話がある」
と。




