禁足地の女として
「グレース、今日も精が出るじゃないか」
「ミゲーラ様」
リーダーであるミゲーラに声を掛けられ、畑を耕す手を止めるグレース。
この地に来て覚えた農耕は、すっかりグレースのライフワークになっていた。
「どうだ?今年の土は」
「いいですよ。
昨シーズンいい種芋も取れましたし、
きっと今年は美味しい芋ができます」
黒くふかふかした土を手ですくい、グレースは微笑んだ。
「ならば備蓄ができるな。
グレース、今年は多めに植えてくれ。
開いた土地を開墾して畑を拡張してもいい」
「あら、どうされたのです?
新たなつがいの報せが?」
…この地、「禁足地」では噂通り、女達が村のようなコミュニティを作って生活していた。
絶対的なリーダーであるミゲーラの統治の元、女達は働き、耕し、家事を分担し、そして心身を鍛える日々を送る。元が貴族の女たちということもあり、数は少ない。増減はあるが、多くて30人ほどの所帯となっていた。
女達はここで傷を癒やし、一人で生きる術を学び、
そうして門を出て市井へ還っていく。
元の国に戻る者、他国へ渡る者それぞれだが、
グレースはそのいずれにも属さなかった。
季節が巡る度、ミゲーラはグレースに問う。
「グレース、君はどこで生きる」と。
その度にグレースは答えるのだ。
「この地で生きる」と。
今ではグレースの後に入ってきた女性のほうが多く、年を重ねたグレースはミゲーラの側近と言っても過言ではないところに位置していた。
ミゲーラはグレースの育てた土を確かめ、
「なるほど良い土だ」
と唸った。そしてグレースの肩を叩く。
「今年は事が動くぞ。
我らの悲願が近づくことになるだろう」
詳細は後で話す、と去って行ったミゲーラの背を見送り、グレースは畑を離れた。
やってきたのは城門近く、グレースに与えられた家だ。
城門側の壁に取り付けられた棚の上、簡易の墓標に手を合わせる。
「アーチー…
いつか、いい報告ができるように頑張るね」
ボウガンの直撃を受けたアーチーは、その場で動かなくなったという。
その骸を馬が引きずっていき、グレースの家、ゴルチエ子爵家への土産となったそうだ。
それらの事は皆、あの日自分の代わりにおとりになってくれた戦士が教えてくれた。
あの日、つまらぬ迷いで脚を止めた己を、
グレースは悔いた。
悔いて悔いて、しばらくは動けなかった。
食事も受け付けず、水も飲まず、このまま朽ちていくべきだと自らに言い聞かせた。
そんなグレースにミゲーラは言った。
「彼が守ろうとした君の命を、
君自身が粗末に扱ってどうする」
その言葉に、あの日背中を押してくれたアーチーの声が、グレースの胸に鮮やかに蘇った。
『行け!グレース!』
『グレースが、
自分を殺して生きていくのを見るのは嫌だ』
そしてグレースは生きた。
水を口に含み、身体を清めた。
食事を取って体力を取り戻し、天に召されたアーチーのために木を削って墓標を作り、日夜祈りを捧げた。
また身体を鍛え、作物を育て、恵みに感謝する。
そうして日々を過ごした。
…全てはグレースの胸に新たに宿った「悲願」のために。
「アーチー、私、やるよ。
つがい制度を、ぶっ壊す。
ミゲーラ様と一緒に」
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「…ミゲーラ殿、
これは我らの悲願。
共に戦ってはくださらんか」
村のすぐ外の簡易に作られた小屋にて、ミゲーラは客人と会っていた。
「この血判状は…偽物ではあるまいな」
「もちろん。
正真正銘、本物ですよ」
ミゲーラが手に取ったのは、一枚の羊皮紙。
書かれているのは幾人もの名前と、その隣に彼らの血で押した拇印。
「騎士爵、男爵、子爵、伯爵…。
…侯爵まで名を連ねるか」
書かれている名は全て貴族家の現当主。
これだけの数の当主が一枚の紙に名を連ねるなど、この血判状に篭められた強い気持ちをくみ取り、ミゲーラは目を細めた。
「高位貴族の中にも、
孫娘をつがいに取られた者はいるのです」
「…なるほど」
「我らはつがい制度に娘や孫娘を奪われた、
いわば被害者の会。
このところ被害は減るどころか増えるばかりだ」
「さよう。
我が禁足地に逃げ込む女も後を絶たない」
「それでも、貴殿の村に入れたのは半分ほどだ。
ボン・ドレと男達の態度は傲慢になり、
追っ手のやり口もどんどん残酷になった。
先日はつがい指名と同時に足の腱を切られた者が」
「なんだと?!」
「まるで狩りだ。
この悪しき制度を放置していては、
この国は内から崩れていく」
そう言って、客人はすっと紙の束を取り出した。
それは手紙だった。
つがいとして望まぬ家に嫁がされた、女達の悲鳴。
…簡単に手に入れたものを、人は大切にできない。
偽りの「つがい」の名目で娶られた妻の多くは、
ろくな思いやりも受けられず、軽んじられた。
子供を幾人か産んだあとは、
ひたすら仕事させられる者。
そもそも愛されることなく、
夫は平民の愛人に構いきりな者。
ろくな食事も与えられず、
使用人のような生活を強いられる者。
目を盗んで実家に送られたそれらの手紙は、ミゲーラの目から涙を誘うのに充分だった。
「もちろん…もちろん、
私も彼女らを救いたい」
「ああ。
ミゲーラ殿、手を組んではくださらんか」
「承知した。
だがどうする?相手は手強いぞ」
「実は我らを動かし、結託させた男がいる。
彼なくしてはこの血判状はなかった」
「…ほう」
「その男は自ら先陣を切り、
突破口を作るつもりだ。
彼の案に、我らは乗ろうと思う」
客人の鋭い視線に、ミゲーラはふっと笑う。
「どうやらその男、よほどやり手らしい。
貴殿がそのような顔をするようになるとは。
…なぁ、気弱だったゴルチエ子爵よ」
客人とは、グレースの父、ゴルチエ子爵その人であった。
「…娘を傷つけた悪しき制度を、
残りの人生賭けて壊すと決めたのです」
白髪が増えた頭を掻き、子爵はふにゃりと笑った。
「ミゲーラ殿、よろしいか」
「ああ、共に立ち上がろう」
二人は固く握手を交わす。
長く止まっていた時が、動き出そうとしていた。
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「グレース、仕事だ」
「ミゲーラ様」
今日も畑で作物の世話をしていたグレースの元に、ミゲーラがやってきた。
ミゲーラに連れられ、村の集会所に向かう。
こうして集会所に連れられる時の「仕事」とは、つがい被害者救済に関する仕事であることが多い。
グレースは歩きながら腹の下に力を入れ、ふうっと息を吐いて気合いを入れた。
「……手紙を、届けるのですか」
集会所の机の上、ミゲーラの前に積まれていたのは、たくさんの上等な封筒だった。
「ああ。
内密に、宛先の人物に確実に頼む」
「心得ました、が。
この量は何ですか?こんなにつがい取りが?」
「いいや。これはな。
過去につがい制度で娶られた女たちへの手紙だ」
その封筒はうず高く積まれ、10や20の数ではない。
改めて数としてその現実を見、グレースは絶句した。
「こんなに、逃げられなかった女達が…」
「ああ。
内容についてはいつか話す。
繰り返すが、確実に本人にだけ届くよう。
そして彼女らの状況を見てきてくれ。
返信が出来そうにない女達には支援を。
頼んだぞ、グレース」
「…は。
お任せください」
こうしてグレースはしばらく、夜な夜な闇に紛れて隠密行動を行うことになったのである。




