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代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」
第一話 東の島の出来事(6)-(13)の部を、別視点でお送りします。
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女の子と一緒に暮らすようになって、何日か経った。その間、手を引かれながらいろいろな場所を見せてくれた。
ここは広い島で、どこへ行っても海が見渡せる開放的な世界だった。風や光や、波が自由奔放に生きているようで、見ていて心地いい。それと同時に、同じだけ膨大な空白が胸に広がった。身体から大きく何かが抜け落ちたような感覚は、身軽すぎるあまり、吹き飛ばされそうになる。何故、そんな空っぽのような感覚を得ているのか。そこに収まっていたものがあったのだとしても、聞こえてくるものや、目に飛び込んでくるものは、どれもそこに入るものではないようだった。
この島は木が密集しておらず、風が通り過ぎる音がとてもよく聞こえた。生い茂る植物が緑の香りをくれると、どこか懐かしい気持ちになり、胸の痞えが少し緩んだある日のこと。女の子が楽しそうに何かを言いながら、こちらの手を引っ張っていた。早口で何かを話しているのだが、相変わらず解らない。
じきに、最も太くて高い木の元にやって来た。そこには作りかけとはいえ、見ていてよく分かる筏があった。あの茶髪の男の子が話す横で、丸太のような男の人と、黒髪の男の子が道具を扱っていた。あの夜から、子ども達は服の中に隠し持っていた道具を大人達の前で堂々と使うようになっていた。
そして筏を浮かべてみる時が来たのだが、大きく変化するのは、筏と、それを堂々と作れるようになった三人の子ども達だけだった。こちらは相変わらず、皆と一緒にいながらどこか切り離されているように感じた。
そんな時は、決まって不思議なことが起こる。この島の風に、顔を上げさせられるのだ。そわそわしながら過ごす自分を映し出すような、キリリとした冷たい風が吹くこともあるけれど、いつの間にか、“大丈夫”と囁いてくるような温風に変わる。更には、同じ家で共に暮らす女の子の明るい声が、風と共に背中を押してくる。
筏を浮かべようと岩に集まる手前、茶髪の男の子が見えた。その先では、黒髪の男の子が枝を振り回し、浅瀬を叩いている。しぶきが太陽の光を受け、風に靡きながらキラキラと舞った。パアッと拡がる光に、喉が温まっていく。
女の子に手を引かれ、男の子達のしていることを覗いてみた。すると、筏を繋いでいる岩の隙間に、白黒の斑模様をした蛇がいた。黒髪の男の子は先ほどから、それを追い払おうとしているのか、捕まえようとしているのか、いずれにせよその必死さに眉が寄ってしまう。
その横で、三人がわらわらと何かを話しはじめた。その最中、蛇を攻撃していた男の子が口を指差す動作が見えた。まさか食べようなどと考えているのではなかろうかと、こちらは思わず頭を振り、“止めて”と訴える。ところがそうこうしているうちに、蛇はどこかへいってしまった。
岩の縄を解き、四人で力いっぱい筏を押し出した。掛け声は、うまく合わせられないまま――
浅瀬ではしゃぎまわる三人の声が、やわらかい風を呼び寄せる。そのくすぐったさに、ふわっと頬が持ちあがると、女の子の後をついて行きたい気持ちでいっぱいになり、砂浜を蹴った。
子ども達に追いつくと、茶髪の男の子が筏の上にそっと立ち上がる。しっかり出来上がっている様子がその丈夫さから見て取れると、後の二人がよじ登ろうとする。それを見て、こちらも登ってみたくなり、筏に足をかけていく。
筏は大きく揺れ、先に乗っていた男の子が転んだ。それもよそに、二番目に乗った男の子が何度も飛び跳ねた、次の瞬間――ギリリと、丸太どうしを繋ぐロープが切れてしまった。
お調子者の彼はそのまま、丸太と丸太の間に足を突っ込んでしまう。そのまま筏は分裂しはじめ、先の男の子が焦りに何か言い放ちながら、落ちかかる友達を引き上げようとする。
しかしその一方で、こちらは女の子と共に分断された反対側の筏にしがみつくまま、波に遠ざけられていく。女の子は懸命にこちらの手を掴みながら、何かを訴えてくる。手の動きからして、降りろと言っているのだろう。しかし、潔い波が岸を遠ざけるばかりで、降りるなどとんでもないと首を振り返した。
すると女の子は、考えを変えたようだ。彼女は怖いものなしに海に飛び込むと、最初に岩に繋いでいたロープを引き、岸まで運びはじめた。
男の子達はと言うと、この事態をさほど何とも思っていないのか、わんわんと何かを言い合っている。その時、黒髪の男の子がどこかを指差した。それが気になり、彼の小さな指先を辿ってみる。
そこには、この島よりもずっと小さい別の島が浮かんでいた。彼はそこへ行こうと言っているのだろうか。ところが、茶髪の男の子の眉が深々と寄るのが見えると、何かを言い放つなり腹を抱えて笑いだした。それは、あの夜の彼からでは想像できない、真っ直ぐな笑い声だった。
その時――悪戯な波が、互いの筏をぐんと浮かび上がらせた。その拍子に、こちらの筏がもっとバラバラになってしまう。そのまま、全身でしがみついていた丸太が解けると、海に滑り落ちてしまう。だがすぐ、近くに浮かぶ丸太を抱えると、不意に込み上げる恐怖に悲鳴を上げた。
乱暴な波の中から、女の子の咳き込みが聞こえる。それを見て焦る男の子達が、バサバサと海を切るようにしてこちらに近づいてきた。
水面はとうとう女の子の顎下にきている。つまりもし自分が落ちてしまえば、完全に沈んでしまう。その光景が頭に過った時――茶髪の男の子の腕が身体に巻きついてきた。ところが、更なる高波が自分達を呑みこもうと、巨大な影を落としてくる。
皆は叫んだ。だがその中でも、自分の声が最も突き抜けたような気がした。吐息が熱を帯び、喉いっぱいにミシミシと張り詰めていくと――“たすけて”と、心の叫びが全身から大気へと迸った。
すると、波が上から押し潰されるように激しく凹んだかと思うと、その奥から、温かい大風がドオオッと貫くように吹きつけた。
皆は、筏だけでなく砂やしぶきと一緒に宙を舞い、岸へ転がり落ちていく。あまりに一瞬で、瞬きする間の出来事に声を失った。けれども、黒髪の二人は怖がりもせず大声ではしゃいでいる。その周りは、彼らが飛ばすしぶきでギラギラと輝いていた。
歪な大波が招いたことが、果たしてそんなに楽しいことだったのだろうかと、こちらは飛び跳ねる二人に動揺してしまう。波打ち際に投げ出されていた自分はあまりにも怖く、未だに男の子の手を握ったままだった。これに思わず跳び上がり、不器用に浜を蹴って彼から遠ざかってしまう。だが、パタリと足が止まった。彼が動く気配がすると、そろそろと肩越しに振り返った。
彼の顔はどこか膨れツラだった。きっと、“何だ”と訊ねているのだろう。そういう口ぶりの声がしたのだが、何故か口を噤んでしまう。
そっぽを向いてしまった彼の顔から、色々な感情が水滴になって流れていくようだった。そこに吹きつける風は、彼の表情に反してとても柔らかかった。
彼はぐんと立ち上がると、ずかずかと大股を刻み、こちらを通り過ぎようとする。あの夜に見た鋭いものはなくなっていないのだと感じた時、手は思わず彼の腕を掴んだ。そして自分の方へ思い切り引き寄せると、互いに膝が崩れ、トスッと尻が落ちた。
彼は苛立ちながら何かを訴えてきた。だがこちらには
「あーあっ!」
言うべきことがあるのだと、ようやっと意識的に声を張り上げて示すことができた。
彼は耳を疑っているのか、目を丸くさせ、瞬いている。その様子だとすぐに動くことはないだろう。そう予測しては、人差し指を彼の腕に這わせた。
そのくすぐったさに、彼はぎゃあぎゃあと笑いだすと、こちらの指を払おうとする。そしてとうとう、力強く腕を振り解かれてしまったのだが、彼はどうやら、されていたことに気づいたようだ。
今日までの間に少しだけだが、文字を教わっていた。だが、もう一度その腕の上で試すのはかわいそうだと思い、今度は湿った砂に指を這わせて見せた。
“T A И K Ƨ”
彼が口を開きかけたのも束の間、こちらは胸がくすぐったくなると、それがそのまま小さな笑い声になった。そして女の子の方へ逃げるように、慣れない砂浜を躓きながら走った。ふわりとした軽やかな風が白砂を吹き上げ、輝きながら散っていく。
筏のそばで、女の子は友達とごちゃごちゃ言い合っていた。その彼女の近くにいるようにと、家の人から身振り手振りで伝えられたことを思い出した。でもそこには彼女だけでなく、隣にいる男の子と、まだ取り残されている彼も、きっと必要だろう。だからこちらに来るように、彼に手招きして見せた。
彼は、少し離れた先に見える小さな島と友達を、交互に眺めていた。何を考えているのかが気になり、こちらも同じようにその島を振り返ってみる。すると、言葉にならないたくさんの思いに、胸が埋め尽くされていった――




