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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第六話 銀の光の導き
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代表作シリーズ第二弾「大海の冒険者~人魚の伝説~」

第五話 疑(5)、第十二話 断(12)の部


代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」

第一話 東の島の出来事(6)の部

第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。






 閉ざされた視界の中で、痛い記憶が蘇っては遠ざかる。薄く目を開いた先に気泡が見えた。ぷつぷつと消えてしまうそれらに、自分の願いが重なっていく。


(もっと子どもらしくあれたなら……この声がなかったなら……風の言葉が聞こえなければ……)


 それらの空想が見せてきたものは、あの地で出会った友達の顔だった。きっと、どの性質も持たないままならば、彼らと接触することもなければ、彼らから学ぶこともなかったのかもしれない。



 けれどもそれは複雑だった。異質であるかないかのどちらかを歩んでも、胸を締めつけてくるものがあることに変わりはなかっただろう。

 意識が遠のきかける最中、冷たい海に沈められながら、じっと考えに耽った。



 あの、ダヨが家に飛び込んできた夜に、自分が母に口答えをしていなければ、兄姉(きょうだい)とアムードゥ族に匿ってもらえただろう。ただしその道は、脳裏に焼きついた友達を知らないまま生きるという意味でもあった。彼らを置いて、穏やかに“自由”を求めて生きていたのかもしれない。彼らの涙や痛みを、置かれている環境を、持たされているものを、何一つ知らないまま生きていたのかもしれない。彼らを助けねばならないことを知らないまま、柔らかい寝床で息をしていたかもしれない――


(帰りたい……)


 また下手を打ってしまった。やはり帰って、もう一度彼らと肩を寄せ合うべきだった。あの地を出て、共に幸せになろうと決意したのだから。


(アシャ……ラテガ……マライカ……ジャバリ……エシェ……)


 彼らを掴みにいくようにカッと目を見開くと、力を振り絞って水中を掻いた。息がもたず、手足が重くて浮上できない。それでも藻掻き続けた。頭に彼らの名前を連ねながら、これでもかと腕を大きく動かした。その時、何かが目の前をスルルと通り過ぎたかと思うと、手が止まった。あの金色の細長い糸のような光が、遠くに浮かぶ馬車の板を目指して伸びていく。



 その光を見た途端、残っていた空気が口からもれてしまった。そして、その僅かな合間に、真っ直ぐに伸びて消えそうになる光に向かって願った。


(皆に、風を……)


 暗くなる視界の中に、彼らの周りを走り続けた旋風(つむじかぜ)を思い浮かべては、ぐっと、重すぎる手を伸ばした。



 その時、手に力が入った。まるで誰かに握られたような感覚が、閉じかかる瞼をこじ開けたかと思うと、身体が引き上げられた。オリトはもう、辺りを見回して状況を知る力も果てていたが、それでも確かに感じたものがあった。あの金色の光が消えたかと思ったその瞬間、辺りに白銀の光が広がり、(たちま)ち胴体が持ち上がると、とてつもない速さで浮上した。




 水面の外に激しく飛び出すと、全身に衝撃が走った。板の上に打ち上げられたオリトは、大気に食いつくように息を吸い込んだ。打ちつける雨に目を開けろと囃し立てられるようで、どうにか顔を拭うと、辺りを見回した。

 強まる嵐に恐怖心を煽られるよりも、目にしたものに唖然としてしまう。それでもまだ、声は震える息にしかならなかった。



 腹這いで板に縋りつく自分を取り囲むようにして水面を浮遊するのは、銀色の光の連なりだ。それらは明滅を繰り返し、幾つか周りを巡ると、あっさり海の中に消えてしまう。



 そこへ、荒波が頭に覆いかぶさろうとしてきた。オリトは掠れ声で叫ぶと、顔を大きく突っ伏した。

 恐怖の叫びにどこからともなく訪れた大風は、押し寄せる波を叩き割るようにして分散させた。



 オリトは顔を上げ、身体のバランスをどうにか保っていく。手足や首の重さや、ふやけて滑りそうになる手に抗いながら、この事態を探ろうと前傾になった。

 海を覗くと、水中に銀色の光がチラチラと(またた)きながら泳いでいた。とても眩しく、太陽を直視するような鋭さだ。



 視界をチクチクと遮られ、オリトは顔を慌てて引っ込めると、ぐったりと身体を預けてしまう。次第に(なまり)になるようで、寒気も遠ざかっていく。

 何故、誰によって外に上がることができたのか。意識が再び薄れていく中、ぽつり、そんな疑問が浮かんだ時――波の揺れを感じなくなった。



 オリトを乗せた板は、真っ直ぐに水面を切るようにして滑り出す。波を知らない、風に乗って飛行する鳥のように素早い前進は、とても安定していた。

 瞼の裏側で、オリトは辺りの様子を感じ取ろうとした。身体に沿って吹き抜ける風が自分を板に押しつけ、どこへも転げ落ちないようにしている。すると、それぞれの枷がガタガタと震えはじめた。




 オリトが動けないところ、銀の光がまたしても、水中から弾けるようにして現れた。細かな光達は、彼女の枷を切りつけていく。小さな刃となって、何度も何度も砕き続けた。




 首や手足の重さが解放され、身体が軽くなるのを感じたオリトは、そのまま険しくなっていた眉をそっと緩めていく。その時、腹の辺りに別の振動を感じた。


(誰……?)


 コツコツ、コツコツと、どこか懐かしい響きに思えたが、音がまるきり違っていた。フォーティー達の太鼓ではなく、その場の板が海中から打ちつけられている音だと分かった。その音はいつまでも続き、強さも変わらない。何かが板に触れては、前へ前へと押し進めているようだった。それぞれの動きは大きく、力強さがある。まるで、大きなヤシの葉が風に揺れるところにそっくりだった。



 オリトはその光景や、その時の風を思い浮かべては、心地よくなっていく。すると、優しい眠気がやってきた。柔らかい草原に寝そべるような温かい眠気は、どっしりとした大地に似ており、そこに一度、肩にかかる何もかもを置いてしまいたくなった。


(痛いのも……皆のことも……下手だったことも……(オリト)も……)




 小さいながらも強い心の嘆きに、銀の光が振り向いた。すっかり瞼を閉ざし、静かな寝息を立てるオリトの肌に、それらは這い進んでいく。

 オリトの全身を囲むようにして(たか)る光は、彼女の周りを廻りはじめた。一つひとつの光は四角い形をしており、オリトの一部始終をその中に取り込むようにして映し出していく。

 しかし唯一、首の中に宿った()だけは映さずに、光は個々で回転しては海に帰っていく。そしてそれらは、暗い海の中を旋回しながら沈むと、気泡に変わって姿を消した。



 その時、石のように動かなくなったオリトの喉が金色に灯ると、細い光が放射状に肌を這い、再び肌の下へ浸透していった。






 眠りながらも、長い闇の時間をどこかで感じていた。どういう訳か、その時間が暗くて長いということしか分からなかった。それ以外には何も浮かんでこず、何も考えつかなかった。オリトは、自分の身体がすっかり空っぽになった夢を見ているのだと感じた。そしてその空っぽの自分に、ある声がぼわんと響き渡った。鐘が鳴り響くようなそれは、全く知らない声で、どんどん大きく広がっていく。



“女の子だ! 流されてきた!”



 ハッキリと理解できた言葉に、眉がピクリと動いた。だが間もなくして、深く、重い眠気が圧し掛かってくると――スッと、頬を撫でる風が言語を吹き消した。






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