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代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」
第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。
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雨雲が道を暗くしていくところ、オリトは鎖の音を耳に歩き続けた。頭に響き、歩幅を緩めてくる。
神に返す――それが何を意味しているのかを悟った時、ここからは独りで向き合わねばならないような気がした。家族と離れる選択をした際に似た感覚であり、“自由”を得るための新たな作戦は、彼らと共に知恵を絞ることとは別のやり方で見出す方が、傷つけないで済むように感じた。
意識がぼんやりしながらも、前を歩くムワンバの背中をじっと見ていた。この時、武器を奪えるだけ奪い、どこかへ飛ばしてしまったことを思い出した。しかし、自らが招いた大風は、根付いた暴力までもは拭えていなかった。残った手足や口すらもそれを生み出し続けていると気づいた時、記憶はもっと前に遡っていく。そして、リティーノ村での話が蘇ってきた。
“何かを得るには、時に何かを捨てなきゃいけないこともある。あの木、本当は怒ってるんじゃないの? あたしが本当に“使い魔”なら、あの木の代わりになれる?”
“あの木が言葉を紡がなくなったのは、私達人間に、“答え”を委ねているということかもしれない。或いは示しているのかもしれない。“今の私達”を”
「貴方は神様の木……」
鎮まりかえったその場に、フォーティーがしていた発音が擦れ声になってこぼれた。それと同時に互いの足が止まると、目の前に大きな四角い影が聳え、鮮明な嘶きが響いた。
馬を前に、オリトは足から全身が竦み上がる。その瞬間、今日まで見てきたものが自分を軸に旋風を描くように流れた。“大地の号哭”が残した、この、弾丸の世界。そして狭い海を挟んだ先に広がる、種子の世界が。
「あたしも返るなら、貴方も返るべきよ……お互い、名の通りに役目を果たせない……使えないのだから……」
小声で編み上げられた言葉に、ムワンバは身体が締めつけられるようで、激しくオリトを振り返った。
生き方と生きる場所が、ある日、唐突に奪われた。ただ道を歩き、働き、生活を営んでいた。それの何がいけなかったのか。幼い頃に村に現れた軍人達に、家族や仲間、自然との繋がりが瞬く間に断ち切られていく度に、憎しみの芽が増えた。そしてそれが広い怒りの草原になっていくにつれ、最高司令官という丘に続く道ができあがっていった。その丘の頂に立ち、同じ目的を持つ仲間を率いた。自分が放つ言葉で組織を導き、それに応えられながら、取り返そうとした。奪い返すために戦った。
「大陸が豹変した今、国は……村は、蘇るっ……次はこの手で邪魔を消すっ!」
蘇る過去に目が血走るムワンバが顔にまで迫った時、オリトは表情を変えずに呟いた。
「傷つけ殺めるだけに囚われちゃ……風は掠りもしないわ……」
ムワンバはとうとう、オリトの胴体に腕をかけた。根深い復讐心が、その身に染みついた煙の臭いになって立ち込めた時――オリトは、ムワンバの肩まで掲げられていた。
「おい、忘れモンだア! とっとと持ってけエ!」
怒号に顔を上げた時、馬車の荷台のそばにいた別の兵が見えた次の瞬間――オリトはゴミを投げ捨てるように放り投げられると、そのまま荷台の中へ転がり込んだ。
悪臭に咄嗟に鼻を押えると、オリトは生温かい何かに触れた拍子に、細い悲鳴を上げた。一体何に触れたのかと口を開いても、声は言葉を成そうとしない。
暗くて何も見えない荷台の中は広く、辺りを見回しながら慎重に歩いた。だが、一歩踏み出したところで躓くと、それに痛みを上げる誰かの声がした。視界が悪いそこに、オリトは目を泳がせるのだが、誰かの足が腹の下に潜り込んできたかと思うと、そのまま蹴り上げられた。身体はボールのように、また違う誰かの上を転がった。汗なのか水なのか分からないもので滑りを帯びた感触に耐えられず、逃げるようにそこから這い出た。
そして、やっと落ち着いたそこが木造の床だと匂いで分かると、オリトは上体を起こしていく。ところが、外から太い掛け声のようなものが聞こえると、馬車が大きく揺れた。その拍子に顔から転ぶと、全身にガコガコと振動を感じた。複数の馬が鞭打たれ、それらの鼻息が聞こえてくると、オリトは息が震える。またその時、ジャバリやマライカ、ラテガの話が不意に蘇った。
(山……)
鉱石が手に入ると言っていたことや、働けなくなった人が行くところだと聞いたが、山と向き合う力を持っている人もいると聞いた。ならばそこには
(父さん……)
馬の速度は次第に早くなり、地盤が悪く凹凸な道が足元をいっそう揺らしてきた。それでもオリトは、ふらふらと立ち上がると、壁のどこかに隙間がないかを探る。馬車の中に居た他の誰かは、オリトが動き回る度に身体がぶつかり、苛立ちに舌打ちしては、身を捩らせる。
その気配を感じ取ったオリトは、壁の隙間を探るのを止め、辺りを見回した。暗くて分からなかった視界もだんだん慣れていく。そして目の前に飛び込んできたのは、大勢の力尽きた人だった。一人は蹲り、また一人は横たわって寝息を立てている。その隣で寝そべっている人は息をしているのか、腹の動きが見えなかった。
すると、誰かと目が合ったような気がし、オリトは暗闇を探る。見ると、濡れた目がその場を照らすようにゆっくりと開いた。
その人は酷くやせ細っていた。そして、何か言いたそうに唇をパクパクと動かすも、声にならないまま激しく咳き込んだ。その様子からオリトは、その人が病に罹っているように感じてならなかった。しかし、それを煩わしく思う誰かが、その人を容赦なく床に押さえつけた。
オリトは堪らずその人に駆け寄り、身体を起こした。するとその時、その人が凭れていた壁から微かな風を感じ、僅かな光が漏れているのが分かった。白砂でザラついた風がスースーと入り込んでおり、思わず周りの人々を押しやり、そこから見える微かな外の景色に吸い寄せられるように覗いた。
鞭の音と共に馬が速度を上げていく。馬車が斜面を登るのを感じると、だんだん姿勢が崩れていく。
オリトは荷台の縁に縋るまま、外からの激しい音と振動の中に、自らの鼓動を聞いた。早鐘を打つようにして響いては、耳に何か温かいものが集まってくる。冷たい隙間風がスルスルと近づいては熱を帯び、何かを紡ごうとしていると分かると、身体を支えながらじっと耳元に集中した。
――警戒、警戒、警戒……
(父さんがいるのに、どうして……?)
オリトは焦りが込み上げる。ところが、新たな音が荷台を覆う板と布を打ちつけた。
(雨……!?)
嵐が連れてくる闇は、外をみるみる暗くさせ、馬車から覗く景色を失くしてしまう。馬は御者に急かされ、険しい斜面をひたすらに駆け上っていた。




