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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第六話 銀の光の導き
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76/83

<5>



代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」

第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。






         *



 雨雲が道を暗くしていくところ、オリトは鎖の音を耳に歩き続けた。頭に響き、歩幅を緩めてくる。



 神に返す――それが何を意味しているのかを悟った時、ここからは独りで向き合わねばならないような気がした。家族と離れる選択をした際に似た感覚であり、“自由”を得るための新たな作戦は、彼らと共に知恵を絞ることとは別のやり方で見出す方が、傷つけないで済むように感じた。



 意識がぼんやりしながらも、前を歩くムワンバの背中をじっと見ていた。この時、武器を奪えるだけ奪い、どこかへ飛ばしてしまったことを思い出した。しかし、自らが招いた大風は、根付いた暴力までもは拭えていなかった。残った手足や口すらもそれを生み出し続けていると気づいた時、記憶はもっと前に(さかのぼ)っていく。そして、リティーノ村での話が蘇ってきた。



“何かを得るには、時に何かを捨てなきゃいけないこともある。あの木、本当は怒ってるんじゃないの? あたしが本当に“使い魔”なら、あの木の代わりになれる?”


“あの木が言葉を紡がなくなったのは、私達人間に、“答え”を委ねているということかもしれない。或いは示しているのかもしれない。“今の私達”を”



「貴方は神様の木(Mwamba)……」


 鎮まりかえったその場に、フォーティーがしていた発音が擦れ声になってこぼれた。それと同時に互いの足が止まると、目の前に大きな四角い影が聳え、鮮明な(いなな)きが響いた。



 (ファラス)を前に、オリトは足から全身が竦み上がる。その瞬間、今日まで見てきたものが自分を軸に旋風を描くように流れた。“大地の号哭”が残した、この、弾丸の(先ゆく)世界。そして狭い海を挟んだ先に広がる、種子の(追いかける)世界が。


「あたしも返るなら、貴方も返るべきよ……お互い、名の通りに役目を果たせない……使えないのだから……」


 小声で編み上げられた言葉に、ムワンバは身体が締めつけられるようで、激しくオリトを振り返った。

 生き方と生きる場所が、ある日、唐突に奪われた。ただ道を歩き、働き、生活を営んでいた。それの何がいけなかったのか。幼い頃に村に現れた軍人達に、家族や仲間、自然との繋がりが瞬く間に断ち切られていく度に、憎しみの芽が増えた。そしてそれが広い怒りの草原になっていくにつれ、最高司令官という丘に続く道ができあがっていった。その丘の(いただき)に立ち、同じ目的を持つ仲間を率いた。自分が放つ言葉で組織を導き、それに応えられながら、取り返そうとした。奪い返すために戦った。


「大陸が豹変した今、国は……村は、蘇るっ……次はこの手で邪魔を消すっ!」


 蘇る過去に目が血走るムワンバが顔にまで迫った時、オリトは表情を変えずに呟いた。


「傷つけ殺めるだけに囚われちゃ……風は(かす)りもしないわ……」


 ムワンバはとうとう、オリトの胴体に腕をかけた。根深い復讐心が、その身に染みついた煙の臭いになって立ち込めた時――オリトは、ムワンバの肩まで掲げられていた。


「おい、忘れモンだア! とっとと持ってけエ!」


 怒号に顔を上げた時、馬車の荷台のそばにいた別の兵が見えた次の瞬間――オリトはゴミを投げ捨てるように放り投げられると、そのまま荷台の中へ転がり込んだ。






 悪臭に咄嗟に鼻を押えると、オリトは生温かい何かに触れた拍子に、細い悲鳴を上げた。一体何に触れたのかと口を開いても、声は言葉を成そうとしない。



 暗くて何も見えない荷台の中は広く、辺りを見回しながら慎重に歩いた。だが、一歩踏み出したところで(つまず)くと、それに痛みを上げる誰かの声がした。視界が悪いそこに、オリトは目を泳がせるのだが、誰かの足が腹の下に潜り込んできたかと思うと、そのまま蹴り上げられた。身体はボールのように、また違う誰かの上を転がった。汗なのか水なのか分からないもので(ぬめ)りを帯びた感触に耐えられず、逃げるようにそこから這い出た。



 そして、やっと落ち着いたそこが木造の床だと匂いで分かると、オリトは上体を起こしていく。ところが、外から太い掛け声のようなものが聞こえると、馬車が大きく揺れた。その拍子に顔から転ぶと、全身にガコガコと振動を感じた。複数の馬が鞭打たれ、それらの鼻息が聞こえてくると、オリトは息が震える。またその時、ジャバリやマライカ、ラテガの話が不意に蘇った。


(山……)


 鉱石が手に入ると言っていたことや、働けなくなった人が行くところだと聞いたが、山と向き合う力を持っている人もいると聞いた。ならばそこには


(父さん……)




 馬の速度は次第に早くなり、地盤が悪く凹凸な道が足元をいっそう揺らしてきた。それでもオリトは、ふらふらと立ち上がると、壁のどこかに隙間がないかを探る。馬車の中に居た他の誰かは、オリトが動き回る度に身体がぶつかり、苛立ちに舌打ちしては、身を(よじ)らせる。



 その気配を感じ取ったオリトは、壁の隙間を探るのを止め、辺りを見回した。暗くて分からなかった視界もだんだん慣れていく。そして目の前に飛び込んできたのは、大勢の力尽きた人だった。一人は(うずくま)り、また一人は横たわって寝息を立てている。その隣で寝そべっている人は息をしているのか、腹の動きが見えなかった。



 すると、誰かと目が合ったような気がし、オリトは暗闇を探る。見ると、濡れた目がその場を照らすようにゆっくりと開いた。

 その人は酷くやせ細っていた。そして、何か言いたそうに唇をパクパクと動かすも、声にならないまま激しく咳き込んだ。その様子からオリトは、その人が病に罹っているように感じてならなかった。しかし、それを煩わしく思う誰かが、その人を容赦なく床に押さえつけた。



 オリトは堪らずその人に駆け寄り、身体を起こした。するとその時、その人が(もた)れていた壁から微かな風を感じ、僅かな光が漏れているのが分かった。白砂でザラついた風がスースーと入り込んでおり、思わず周りの人々を押しやり、そこから見える微かな外の景色に吸い寄せられるように覗いた。



 鞭の音と共に馬が速度を上げていく。馬車が斜面を登るのを感じると、だんだん姿勢が崩れていく。



 オリトは荷台の縁に縋るまま、外からの激しい音と振動の中に、自らの鼓動を聞いた。早鐘を打つようにして響いては、耳に何か温かいものが集まってくる。冷たい隙間風がスルスルと近づいては熱を帯び、何かを紡ごうとしていると分かると、身体を支えながらじっと耳元に集中した。



――警戒、警戒、警戒……



(父さんがいるのに、どうして……?)


 オリトは焦りが込み上げる。ところが、新たな音が荷台を覆う板と布を打ちつけた。


(雨……!?)


 嵐が連れてくる闇は、外をみるみる暗くさせ、馬車から覗く景色を失くしてしまう。馬は御者に急かされ、険しい斜面をひたすらに駆け上っていた。






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