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代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」
第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。
ラテガがバランスを崩すところ、アシャは透かさず支えた。ラテガは目を見開き、アシャの腰にしがみついて立つのがやっとだった。それでも彼女は口を開く様子はなく、静かにこの状況を分析する。
しばし間を置いてから、手にしていたロングナイフを握り直すと、アシャはラテガの肩をそっと叩き、兵の元へ戻った。
「アシャ……?」
「たすけにいかないのか……?」
マライカとジャバリの不安な呼びかけにも応じないまま、アシャは兵の前に立った。彼らは、静かな凄みを際立たせるアシャと、その手が力を加えるナイフに視線が揺れる。
その時、ナイフの角度が僅かに傾くと、遠雷がもたらす稲妻の光をそっと受けた次の瞬間――刃が振り翳され、兵達は瞼を力強く閉じた。が、怒りや憎しみが轟き、落ちることはなかった。
ところが、そっと気配を消していくアシャの怒りに、兵達が安堵しながら目を開けたのも束の間――ナイフの先は副官の喉に突き立てられた。アシャは両手で真っ直ぐに身構えたまま、もう一突きのところでナイフを止めて見せる。副官の喉から、赤い糸のような血が流れた。
「今、思い出す時よ……鉛に縋っている場合じゃない、と……」
冷ややかな風に熱が帯びたような気がした。それは少女による、この場にもたらされた再びのスタートなのかもしれないと過った時、ラテガと共に踏んだ突風が、仲間との境界線のように感じた。
“あたし、魔物なんだわ"
アシャは踵を返し、オリトがムワンバと共に消えた暗い靄の先を見据えた。
“あたし、やっぱり子どもじゃないんだわ。子どものフリした大人かも……”
“他人と違っていると分かると、いいことばかりでないということにも気づきやすくなる。でも、そこだけを見ないで。もっと広く、鳥みたいに世界を見渡してみたら?"
或いは、風のように――アシャは、オリトとの牢での時間を思い返しているうちに、ここからどう動き出してよいかが分からずに困惑する子ども達のそばに歩み寄っていた。
「オリトのところへ行きましょ! あたし走る!」
マライカの衝動的な判断を、アシャは優しく腕を引いて止めた。
「アシャ、どうしたんだよ! まさかアシャまでおかしくなったのか!?」
ジャバリがどんなに肩を揺すってきても、アシャはその身体を静かに抱き寄せるに留めた。
そして、何も言わずに状況を読み取ろうとする、それでいて焦りを隠せないでいるラテガを見つめた。どちらかが何かを言い出すのを待つようだったが、いつまでもそこには、遠雷の音しかしなかった。
アシャは、騒ぎ立てる二人の声の中、あの子が居ない状況をじっと感じ取る。ほんの少しの風を置いて去るという選択の向こうに潜む意味は、本当に、異なる自分を仲間から遠ざけるためだけだろうか。
“あたし、下手くそでグズだけど、諦めない"
きっと違う――あの子は素直で賢いから。その答えに辿り着いてしまってよいのだろうかと、少し心で迷った。しかしその迷いは、ふと、今目の前でこちらを揺さぶるように見つめてくる子ども達の瞳に掻き消された。
アシャは口元に指を立て、細く息を吹くと、皆の意識をより一層引き寄せた。
「友人を愛しなさい……でも、竹垣はそのままにね……」
穏やかな一言だった。だが、その一言で終わったことに、真っ先にラテガが安堵の息を吐くと、ジャバリはまたしても眉を寄せてしまう。
「いったいどういういみなんだよっ。ゆうべといい、二人はなんだよっ」
「それ知ってる……」
マライカが呟くと、込み上げる不安と寂しさを一粒の涙に変えながらも、考え方を切り返すように声を絞り出した。
「どんなに仲良しな友達でも、その子が大切にしたいと思っているものは、あたし達も守れなくちゃいけない……ずっと最高の仲間であるためにっ……」
マライカの声なき涙をアシャが拭うと、ラテガがそっと立ち上がった。遠雷の音が少し近づいていても、今は、アシャが告げた言葉がたった一つだけだったことに対し、気持ちを燃やしていた。
「あいつは死なない。そんな作戦、あいつが立てるもんか」
ラテガは肩越しに、オリトを呑み込んでしまった靄をチラと覗うと、杖すら手放して空になった両手を眺めては、ジャバリとマライカを肩から抱き寄せた。
「“自由”を追いかけに出るんじゃなくて、ここが忘れた“自由”を取り戻そう……幸せになるために」
【ことわざ紹介⑦】
「友人を愛しなさい……でも、竹垣はそのままにね……」
→友人を愛しなさい、しかし竹垣はそのままに
※本編終了後のあとがきでも紹介しています。




