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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第六話 銀の光の導き
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74/83

<3>



代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」

第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。






 身体が軽くなると、オリトは目を血走らせ、そこに寝そべるロングナイフを取ると振り上げた。しかし、あまりの重さにバランスを崩し、身体ごと地面に持っていかれてしまう。



 上体を起こしたムワンバは怒りに息を吐くと、横入りしようとするアシャを押し返しては、オリトを腹から蹴飛ばした。オリトは地面を滑り、頭に重い音が響くのを感じた。


「気色悪ィ“魔物”が……隠されるほどだ、周りもたいそう苦労したろうよォ……」


 霞む視界の中で、ムワンバの言葉がこだまする。


兄姉(きょうだい)の中でもブッ飛んだ血の、扱いにくい餓鬼だァ……てめェの母親は今、さぞかし安泰だ!」


 母親という言葉から、蔓が伸びるようにして浮かび上がる家族の顔に、オリトは震えが止まらなかった。すぐそこに立つ恐怖に身を丸め、耳を塞いで突っ伏すしかなかった。

 閉ざした視界の中で、傷だらけになった友達を見て、唇を内に巻き込むまでに声を閉ざした。そしてもう、この声を安易に出すことはしないと決めてしまった。


「可愛がってやったが、残念だ……お()ェは使えねェ“使い魔”だァ……」


 山積みの瓦礫が風に崩れ落ちるのを横目に、ムワンバは歯を見せた。



 その時、鉄が擦れ合う細い音が聞こえると、オリトは背中に冷たいものが走った。腹と頭に受けた痛みに動けない中、それは次第に近づいてくる。じりじりと顔を上げると、首を横に振った。長い鎖が目の前に迫ると、今日までこの手に掴もうとしてきた“自由”が、みるみる遠ざかってしまう。



 ムワンバはオリトの首に鎖を繋ぐと、ぐったりとしたままの彼女を強引に立たせようとする。

 首から引き上げられるオリトは、まだ目が眩んでおり、何の抵抗もできなかった。立て、と何度も怒鳴られる(かたわ)ら、どうにか両手を地面につき、ふらつく足でそこに踏ん張っていく。



 そよそよと吹きつける冷たい風が、白い砂を舞わせると、辺りに(もや)をかけていく。はっきりとしない視界の中で、首を引かれるがまま歩くのがやっとだった。これを面白がるように、ムワンバは時に強く鎖を引いて弄ぶ。


「どうする気……」


 アシャが、オリトを率いるムワンバに声を絞り出した。

 ムワンバは鼻を鳴らすと、萎れたようになるオリトに流し目を向けた。


「神に返す。それ以外に何があンだ……」


 顔が冷たくなるのを感じたアシャは、最悪の予感が過るや否や、タンッと地面を蹴って立ち上がる。しかし、すぐそこまで来ていた副官達が彼女の腕を掴み、羽交い絞めにした。

 ところがそれに追いつくように、いくつものガラクタが彼らに向かって飛んできた。副官達は苛立ちにそれらを払い除けながら、背後や脇を探ると、ガラクタを手にした子ども達が現れた。


「アシャをはなせ!」


「いつまでも、しつこいったらないわ!」


 ジャバリとマライカの反撃に、一人の副官が二人に足蹴を食らわせようとする。だがその束の間、副官の(すね)に鈍い音と痛みが走った。先に回り込んだラテガが、そこに杖を再び振りかざす。

 三人は息切れしても、手足から力が失われても、アシャから副官達を引きはがそうとした。その一方でラテガは、ムワンバに連れられ、遠ざかっていくオリトを振り見るや否や、焦りが更に込み上げる。


「オリト! オリト、行くな!」


 けれども彼女は、ふらふらと歩くばかりで振り向こうとしない。


「オリト、叫べ! ムワンバ、止めろっ――!」


 ラテガは片足だけでもオリトを追いかけようと、前のめりになる。だが、不意に身体を振り払われると、シャンッと、刃の抜かれる音が響いた。

 ラテガの真上にロングナイフが振り上げられ、マライカとジャバリの息が止まると、アシャの目が大きく見開き、冷や汗が散る。



(アシャと、ラテガと、マライカと、ジャバリと、エシェ……)



 オリトはゆらゆらと歩きながら、心で静かに彼らを呟いた。すると風が、キリリと旋風(つむじ)を描いたかと思うと、副官が振り下ろしかけたロングナイフを遥か彼方に跳ねてしまった。そのまま砂は舞い続け、副官達の視界を奪っていく。



 アシャは、開いた傷から滲む腕の血を布越しに押えながら起き上がる。そこへ駆けつけたマライカとジャバリは、彼女を支えながらオリトの行方を探ろうとする。だが、まるで意志でもあるかのような旋風は、細く分散されては砂で煙幕を生み出していく。


「まただ……ここにくるまえ、つかまりそうになったときも見た!」


 辺りを見回しながら言うジャバリに、マライカやラテガも頷く。アシャは一刻も早くオリトを追おうと膝をつき、立ち上がろうとするが、風に行く手を阻まれてしまった。


「あたし達にだれも近づけないようにしてるのかも!?」


 マライカは、一つひとつの風の動きに目を凝らした。


「兵達があたし達を()とうものなら、風がふいた!」


「でもオリトのやつ、ムワンバについていくなんて! ぼくらのことを見もしないで、おかしいよ!」


 ジャバリの早口な怒りを横に、ラテガは更に前に出た。すると風達は、彼らを取り囲むように駆け回りながら、しずしずと(しぼ)み、弱くなっていく。そして、ほんの少しずつ視界が開けたものの、その先のずっと奥へ続く道には、砂風による(もや)がかかり、誰の姿も見えなかった。



 オリトとムワンバが搔き消されたような現象に、辺りの兵達も声を失う。



 アシャは静かに立ち上がると、この異様さを呼び起こしたオリトの意図を探る(かたわ)ら、無力に腰を下ろしたままの兵達を見下ろした。そして、呆気なく風に放たれたロングナイフをおもむろに拾い上げた時、彼らは身を竦めてアシャを()め上げた。



 その束の間、遠雷が聞こえると、ラテガとアシャは空を仰いだ。時の感覚を狂わせようとする真っ黒な雨雲が、凍てつく風を吹かせてくると、湿った臭いを運んでくる。

 ラテガは首をふらふらと振り、不器用な足取りでオリトを追いかけようとした。だが、アシャがその肩を掴んだ。


「殺される! 殺されちまうよ!」


 ラテガの焦りを黙って受け止めるアシャは、そのまま彼の肩を抱き寄せ、共に前に進んで見せた。ところが、二人が次に足を踏み出した途端――突風が、その足を翻さんばかりに巻き上げてしまった。






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