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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第六話 銀の光の導き
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代表作シリーズ最終作「大海の冒険者~不死の伝説~」

第四話 だから 必要だった(5)-(10)の部を、別視点でお送りします。






 建屋の外に出てからも、暗く薄汚れた風景が広がった。兵や、他の大人達が崩壊した拠点を整備している。焼け焦げた跡が壁を広く黒に染めてしまっている。目を凝らすと、その場になかったガラクタや岩が敷地になだれこんでいた。人々はそれらを退かし、ここの復旧を試みていた。



 牢ほどではないが、やはり寒かった。曇天が太陽を奪い、風に温もりを感じない。それだけでなく、こちらをチラリと見ては逃げるように顔を伏せられてしまい、凍てつくような寂しさを覚えた。彼らのオリトを遠ざけようとする態度は、以前にマライカ達と働いていた時よりも露骨だった。



 何が人々をそうさせているのかと、オリトは困惑に陥るばかりだった。だが、このままじっと彼らを見つめていては、こうして動いていられる僅かな自由を兵に奪われかねないと、自分もまた、その場から逃げるように去った。




 マライカとジャバリと共に働いた場所へ向かう道すがら、拠点の多くが煤だらけになっている光景を見た。今もどこかで燻さっているような、焼けた臭いがぷんぷんと漂っている。苦みを含んだ臭いがドオッと風に巻き上げられると、砂が(もや)を生んだ。その靄に紛れて、また別の臭いが立ち込めたかと思うと、鼻を突かれ、(むせ)た。以前にも嗅いだことのある不快な臭いから、二人から聞いた話を思い出すと、肌がフツフツと粟立ち、身体が縮み上がる。



 一日の始まりの訪れとは思えない暗すぎるこの場所は、まるで夜を迎えようとしているようで、少し混乱した。ガンガンする頭に触れ、不意にうつむくと、足は砂にまみれて皮膚が固くなり、黒くなっていた。これまでの道中で何度も負ってきた傷が血で主張しており、かさぶたになろうとしている。異臭を含む生温い風が、かつて母が適当な端切れで修繕したワンピースの裾を揺らした。そこに染みついた汗の臭いが更に不快にさせてくると、それに蓋をするように顔を上げた。



 すると今度は、視界に揺れる髪が皮膚をチクチクと撫で、痒みを寄こしてきた。土汚れで(くす)み、固まってしまった金色の髪は指も通らない。鎖骨に触れる毛先は棘のようで、払い除けては首回りの生地を引き寄せた。その時、自分の手がすっかり骨ばってしまっていることに気づいても、呆然と眺めるしかできなかった。




 やがて、地面を掃く音がしてきた。見ると、人々がいつものように働いている姿が浮かび上がってくる。それを見るや否や、オリトは辺りを見回した。そしてふと、砂地に横たわっていた箒に目が留まり、おもむろに拾い上げては、まるで誰かが糸で自分を動かしているかのように掃除を始めてしまう。何かをしていなければ、何を考え、何をするか分からなかった。



 だが手付きは荒く、ただ地面を雑に撫でているだけになってしまう。散らかったその場を元の広間に戻すという目的は、頭からすっかり抜け落ちていた。立ち込める砂煙の中に、いつまでも続く痛みや、昨晩と今の状況の差が呼び起こす混乱が、身体の動きに滲み出てしまう。ジャバリから教わったように、上手くここでやっていけるようにせねばならないという焦りが、どんどん手を速めた。


(もう一度……もう一度……)


 今度は別の動きを計画しよう。それで頭がいっぱいになっていくと、ラテガの言葉が鞭打つように飛び込んだ。



“しくじれば後は無い。絶対に上手くやれ……”



 オリトは奥歯を噛みしめると、箒を握る手に力が入っていく。


(今もまだ生きてるっ……やれるっ……やれるもんっ!)


 その時、誰かに襟首を掴まれたかと思うと、オリトは高々と引き上げられた。驚きに声が出かかるも小さな吐息にしかならず、手足をバタつかせるのが精一杯だった。


「おい餓鬼ィ、まじめにやれェ……死にてェのかア!?」


 怒声に耳が破れそうなところ、もわっと、身体に染みつくまでに嗅ぎ慣れた臭いが立ち込めた。オリトは声の主に振り返ろうにも、瞬時に横殴られ、身体が宙に浮いたかと思うと地面を転げた。反動で壁に頭をぶつけると、全身に迸る痛みが動きを縛りつけてきた。



 目の前がぼやけ、輪郭があやふやになっていく。ふわふわとした空間の向こうから、大きな影と、ゆっくりとした足音が近づいてくるのは分かった。それでも何もできず、悔いが腹を押し上げようとしてくると、どうにか上体だけでも起こそうと地面に手をついた。その時


「やめて」


 ふと割り込んだ声に、オリトははっとする。視界の揺れがだんだん治まりはじめた。そして、誰かの存在を捉えられるまでになると、目を見開いた。そこには、両腕に布を巻いたアシャが立っていた。

 上着を脱いでいた彼女はまだ軍服姿をしているが、盾としてムワンバの前に出る振る舞いは、もう兵としてのそれではなかった。どこか変わった彼女を見て、密かに声を震わせる人達がいるのを横に、オリトは痛みを忘れていく。



 これまでとは目の色を変えて見下ろしてくるムワンバの身体にも、布が目立った。細長く血が滲むところがいくつもあり、剥き出しになった切り傷は、ラテガが負っていた傷と同じものだった。


「何ンだ、女ァ……てめェが仕込むって言ったろう……とっとと躾しろやア!」


 重く圧し掛かる口調だったムワンバは荒々しく、オリトの身体は余計に固まってしまう。


「“自由”が欲しい割には、随分な扱いね。貴重な()()だったんじゃないの?」


 アシャが言い終えた矢先、ムワンバはその顔に唾を吐き捨てた。

 オリトは堪らず顔を背けるも、周囲の人々は構うことを恐れ、暴力的な音を掻き消すように箒を動かした。

 昨夜の事態を引き金に組織の戦力が落ちた状況に、ムワンバは焦燥を隠せないでいた。


「勘違いするなァ……用が済めば、お前を一握りで潰してやる……」


 そして含み笑いを漏らすと、アシャの首筋に舌をべっとりと這わせた。

 これにアシャはびくともしなかった。その足から深く根付く()()に、オリトの肌はぞくぞくと粟立った。そして沸き上がる怒りに腕の力を振り絞ると、箒を透かさず掴み、ムワンバに投げつけた。それでも怒りは届かず、乾いた音が呆気なく散ってしまう。



 アシャがそれを振り見た拍子に、血相を変えたムワンバが彼女を振り払っては、箒を蹴飛ばした。

 オリトは、迫りくるムワンバを見上げた途端、髪を掴まれ、何かが颯爽と引き抜かれる音と同時に、鋭い風を感じた。その出所を探ろうと上目遣いになると、宙にロングナイフが光った。



 辺りから悲鳴が聞こえる最中、アシャはどうにか上体を起こしていく。そしてオリトが殺される影が過ると、背筋が凍った。巻き添えを恐れずムワンバに手を伸ばすも、宙には幾つもの刃の残像が揺れた。ムワンバはオリトを地面に押しつけると、ナイフで激しく砂の音を立てていた。



 オリトは、首から胴体に圧し掛かるムワンバの腕に抗おうとした。ここにきてようやっと獣の様な悲鳴が絞り出ると、噛みつこうとする。ところが足すら動かず、抵抗は適わないまま、切り刻まれた髪が散るのが見えた。

 それが怖く、怒りに息を荒げ、痛みを通り越して甲高い悲鳴を上げた。耳を(つんざ)くほどのそれは、突風を呼び寄せると、ムワンバの手からロングナイフが滑り落ちた。それと同時に、その大柄な身体は押し倒されていく。また風は、周囲の人々までもを膝から崩してしまった。






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