<17>
「盾の務めを放棄したな、“使い魔”ァ……奔放な奴めェ、見事に名の通りだァ」
なぜムワンバがここにいるのか、その答えを、誰しもが宙に探し求めてしまう。
その様がムワンバを更に刺激した。彼は静かに嘲笑うと、突きつけたピストルをオリトの後頭部に押し当てる。
だが、それを引き留めるように、ガラクタが踏まれる音がした。それに横目を向けたムワンバは、より笑みを深めていく。
火の粉が舞う煙の中から浮かび上がるようにして現れたアシャは、ムワンバの手元を狙ったまま立ち止まった。子ども達は彼女を目にするや否や、息だけでアシャの名を呟いた。
「悪趣味な訓練の成果はこのザマだァ」
遠くでは銃撃が続いている。それにびくともしない大人の二人に釘づけになる子ども達だが、中でもオリトは、背後から伝わる銃の冷たさに気を取られていた。銃の冷たさと身体が受ける振動以外に何も感じず、何も聞こえない。骨に響く振動は、ドンドンと地面や空気を伝って肌を通り、鼓動の音までもを掻き消してしまう。
「その子達の嘘は実をつけるかもしれないのに、お気に召さないのね」
ムワンバは小さく鼻を鳴らすと、オリトの髪を抉るようにして突き立てるピストルを握り直した。
「どんな偽りも、いつ枯れるか知れねェ花に終わる……信頼や成果なんざ実るか……お前ェの目は節穴かァ」
ムワンバは言い終えると同時に、銃口をアシャの額に向けたその時――声が飛び込んだ。
「動くな」
ラテガの息遣いと、ボートの中から這い出ようとするエシェの泣き声が、オリトを取り囲む無音の壁を壊した。
「ラテガ、なんでもってるんだよ!?」
ジャバリがラテガの握るピストルに声を上げる横で、マライカは、用意周到な彼の姿に血の気が引いてしまう。
「アシャをうってみろっ……お前も死ぬ……」
ラテガは、巨木のようにしんと立つだけのムワンバに、両手でピストルを構えた。狙いを定めるのが難しく、震えを少しでも抑えようと両手で握りしめる。銃口は、相手の顔の辺りをふらふらと動いた。
ムワンバは、地面に腰を据えたまま抵抗するラテガを静かに面白がる。
「お前ェの眼は流石なもんだァ……伊達にほっつき歩いてたわけじゃアねェ……」
ラテガはまた、滑りそうになる手元を支える。角度が上向きになり、腕の力が長く続かないところを、必死に堪えながらムワンバを睨んだ。
「見せてみろラテガァ……その腕で、守れるかどうか……」
ニヤつくムワンバに煽られる中、ラテガは歯を鳴らした。
足以外に研ぎ澄まされた感覚を使うしかできなかった。自分よりも幼い友達を引っ張っていきたくて、頭を絞りに絞ってきた。その傍ら、目と耳を使って武術を知った。腕と頭で戦える方法さえ手に入れば、自らの力で生きていける可能性が広がる。そうして強くなっていくことができれば、もっと大きなものを守れるような気がした。家族や仲間が守られなかった分、今度は自分が判断をし、手を下していきたかった。
ところが、引き金に触れる微かな音が、ある声に消された。
「手が塞がっているのに?」
アシャの静かな問いかけに、ムワンバは首を僅かに竦めるも、ラテガの眼差しは変わった。
「“自由”が何なのかを忘れてしまった貴方の目こそ、節穴よ」
ムワンバは一切の表情を変えない。けれどもラテガは、まるで自分に向けられたような感覚に陥り、アシャはまた言葉と行動が食い違っていると思うと、手元に力が入ってしまう。
危機から逃れるために扱ってきたもの――それで国を守ろうとする大人達を見てきたからこそ、今、自分のやり方で今度こそ叶えたいことがある。それでも
「何も持たないことから始めた時に、本当の意味に辿り着ける」
アシャの声はその場の時間を更に伸ばした。彼女はそのまま、子ども達を一切見ないまま、照準をムワンバに改めて向け直す。ムワンバは、矛盾を曝け出すアシャに空笑いするだけだった。
オリトは、ラテガからアシャに振り向いた。彼女はムワンバを貫くように見つめており、引き金にかかる指は固く、その心にはもう、何の迷いもないようだった。
その様子に寒気がした。先ほどまでのアシャには確かな温もりがあり、別れ際の表情には熱があった。なのに、それは爆風の彼方へいってしまったのだろうか。
「イイ女を殺るのは惜しいが、使えねェなら狩るのが掟だ。世話ならあの世でヤれやァ」
その時、オリトはまた、無音の空間に立ち尽くした。吹きつける風も、流れてくる煙も、信じられないほどに緩やかだった。
その中に張り詰める空気はヒリヒリと痛い。あまりの痛さに両腕を抱きしめると、ラテガやマライカ、ジャバリ、そしてエシェを見た。皆、涙に濡れた目を大きく見開きながら、何かを叫ぼうと口を開いていく。彼らの息には、途轍もない苦しみが絡みついていた。オリトは止めに出ようにも手足が動かず、怒りが込み上げてくる。
皆の苦しみと悲しみ、そして風に横殴られそうになる怒りを、オリトは目で捉えることができた。腹の底から突き上げてきた熱い何かが、喉をぐんぐん這い上り、太くなって今にも張り裂けそうになる。そしてその熱は、顏に放射状に迸るような感覚を残した。肌を幾多もの方向に伸び、目に到達した時――パンッと、視界が炎に包まれたような赤色に染まった。
いつか見た朝陽のような力強い赤の空間に、辺りに居る一人ひとりが金色の光に縁どられ、浮かび上がっていく。と、ムワンバとアシャが向け合う銃口から、火花が弾けた。二つの小さな弾が、間もなく交わろうとする時、オリトは目を見張り、大きく息を吸い込んだ。
「ぎゃあああああっ――!」
喉が焼かれていく。止めどなく溢れる感情を抑えることは、もうできなかった。
視界から皆の姿が消え、自らが火に炙られているようで、叫びは止まらなかった。
足元から熱風が吹き上げ、羽織っていた布も衣服も、髪も逆立ってしまう。
オリトの絶叫と、全身から放たれた眩い金色の光に、皆は目と耳を守るのに精一杯だった。激しく吹きつける風は刃のようで、容赦なく肌を切りつけていく。
ガラクタは高々と舞い、オリトやその場の皆を中心に、広い渦を描いた。
声が溢れ出る中、オリトは、これまで受けた痛みや悲しみを振り返っていた。轟々と吹き荒れる風が、それらを勝手に呼び起こしてくるのだ。
指折り数える程度しか外を知ることがなかったこと。兄姉が働きに出る先では、自分は居ないものとされていたこと。人目につかないよう暗闇に押しやられていたこと。気持ちのままに声を出してはいけなかったこと。人ではない存在だと気づいてしまったこと。
そして、自分を道具のように求める人がいること。それが、多くの人に痛みを呼び寄せてしまいかねないと知ったこと。本当は救援のために使いたかった自分の力を、どう扱うことが正しいのかが見えなくなってしまったこと――
(武器なんて、力なんて、いらないでしょ……そんなもの、全部いらないっ!)
そう心で叫ぶのに重なり、声は更に高く、大きくなっていった。
【ことわざ紹介⑥】
その子達の嘘は実をつけるかもしれないのに……
どんな偽りも、いつ枯れるか知れねェ花に終わる……信頼や成果なんざ実るか……
→嘘には花は咲くかもしれないが、実は成らない
嘘を吐くことで一時的に盛り上がることを、花が咲くと表現されています。そして、そうやって一時的に取り繕うことができたとしても、最終的に信頼や成果を得ることはできない。その点を、実は成らないと表現されている言葉です。
※本編終了後のあとがきでも紹介しています。




