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ラテガは何も言わず、ただ一点を見つめたまま動かない。もたもたした時間に、マライカとジャバリは二人を見ながら先を促す。
「一体どういう意味? 何の合図よ、ラテガ」
「なんか、きいたことあるようなきもするけど、わかんないな……」
途端、ラテガは乱暴に立ち上がると、躓きかけたところをどうにかボートの縁に掴まった。
彼の急な動き出しに、三人も追いかけるように慌てて立ち上がる。そしてまた、マライカの催促する鋭い声がした時、ラテガは、どう表現してよいか分からない困惑の眼差しを向けた。
「さっさと乗れっ! 大事なことを三つ告げられたんだ! 俺達だけで行けってことだ!」
その時――遠くから巨大な地響きが迫ると同時に、火柱が上がった。火の粉と建屋の残骸が、カラカラと降り注ぐ。
子ども達の叫び声は、拠点の裏側で起きた爆発にすっかり呑み込まれた。
これを見たオリトは、先ほどアシャといた場所ではないかと過り、彼女が口にした“合図”という言葉が浮かんだ。それは、目の前でもくもくと膨らみ、風も流しきれないでいる。
「マライカ、エシェを抱け! オリト、ジャバリ、ボートをこげ!」
「待ちなさいよラテガ! いくらなんでも、その言いなりにはならない! アシャを置いていくなんて絶対に許さない!」
マライカの反発に、エシェの泣き声が大きくなるにつれ、ラテガの鼓動が全身をボコボコと打ち鳴らす。そして瞬く間に、マライカの腕を乱暴に掴んでいた。
「アシャがそう言ってんだ! この爆撃の間に出るしかない!」
「放してよ、ウソつきっ! オリト、本当は他に何か知ってるでしょ!?」
ジャバリは痺れを切らし、ラテガの腕に掴みかかると、金切り声を上げるマライカを睨んだ。
「でっかいこえ出すな、バレるだろ! 二人とも、おちつけ!」
そこへ割り込もうとするオリトだが、マライカがラテガの腕を振り解くと、とうとう来た道を引き返そうとする。だが透かさず、ラテガが腕を掴み止めた。
「放してよ! あたし、アシャをむかえに行く!」
「死んだら意味がねぇだろうが!」
ラテガは、マライカの腕に圧し掛かる思いで引き留めると、片足の力が尽き、転んでしまった。それにマライカまでもが巻き込まれてしまう。
「放してよっ……放して! あたし行かないっ……アシャがいないなら行かないっ!」
“それに一番は、アシャに“自由”を返したい”
オリトは、熱い煙にのって蘇ったマライカの声に、はっとした。
「アシャを助けないで、“自由”を手に入れられないっ……なのに、あんた達は違うっ……」
涙ぐむマライカは、信じられない状況に震えが止まらない中、どうにか身を起こしてアシャを探してしまう。それを静かに止めるように、ラテガもまた、同じように震えた声で言葉を絞り出した。
「力がある者同士が争う時、いっつもその被害を受けて踏んずけられるのは、弱い者だっ……」
轟々と宙を鳴らす炎の音の中、子ども達の焦る息遣いが紛れていく。
「でっかい神ノ樹は、一人が手を回しても抱えられないのと同じで、世界の知恵や心はどこまでも広く、たったひとりで総てを知ることなんかできない……だから意地にならないで、誰かや他から学んで、協力しろってことだ……」
ラテガは杖を取るのも忘れ、手で地面を弾くようにしてマライカに近づくと、彼女の外れ掛かる布を掴んで引き寄せた。
「象みたいにデカくてつぶされそうな問題は、いっぺんに解決しようとせず、少しずつ食べるみたいに、そっと解決していけば、いつかはキレイに片が付くんだよっ……」
「それがどうしたってのよっ!」
「ほんとだよ、だからなんだってんだ! みんなで出るって、そういってたじゃないか!」
ラテガは歯を鳴らすと、汗か涙か分からないものを首だけで振り払い、マライカに顔を近づけた。
「分からずやが! 俺達ならそれを心得て生きていけるって、アシャが言ってんだよっ! だから、たのむから……たのむからさっさと乗れっ!」
エシェの泣き声に続き、ジャバリとマライカの涙と、ラテガの聞いたことのない嘆きが合わさっていくのを、オリトは呆然と眺めることしかできないでいた。そのまま、彼らの声は拠点からの煙に覆われていくと、こもり、遠ざかってしまう。
ただ言われたまま言葉を伝えたが、その前に、今のマライカやジャバリと同じように自分がアシャにつき、そのまま彼女をこの手で引いてボートに導いていれば、誰も泣かずに済んだだろうか。
でもアシャがあの爆発を知っていたとすれば、先に行けと言ったのは当たり前だっただろう。母が子を守るように、そうしただけなのだ。それに歯向かえば、母は困るものだ。
そして今、ラテガが言うように、このまま自分達だけでボートに乗ってしまえばアシャは困らないのかもしれない。でもそれは、自分達が望んでいたこととはまるきり違っている。あまりに違いすぎて、ラテガの言うことを素直に聞き入れられなかった。
「仲間が集まるから、遠くにだって行ける……速く行きたいなら、一人で行くといいんだわ……」
オリトの静かな言葉が、燻さる空気の中に紛れてラテガの耳を突いてしまうと、その場は凍りついた。
ラテガは、じりりとオリトを見る。しかし、そこで立ち尽くすオリトの顔は濡れていた。オリトは、やっと静かになった皆を前に、アシャとの時間を振り返りながら言葉を紡いだ。
「アシャは“私達”と言った。“私達は遠い所へ行く”と。彼女は、ここにいる誰か一人でも欠けることなんて望んでいないはず。待てば会えるわ」
「だから、それは違うってんだ!」
ラテガが苛立ちに任せ、声を裏返らせた時だった。キンッ――と、金属が擦れ合う小さな音がした。
ラテガを初め、マライカ、ジャバリがオリトを見た。そしてオリトは、彼らの視線が自分を通り越していくのが分かると、そろそろと肩越しに振り返る。
爆発の煙に紛れて、鼻を突く別の臭いがしたかと思うと、遠くの火の粉が目の前で消えたと同時に、光る歯を捉えた。
「イイ読みだってェのに、ラテガァ……残念だァ……仲間の仕込みは、まだまだ甘ェままだったァ」
皆の目から光が失われていく。音もなく現れたムワンバに、呼吸をする術すらも吸い取られていくようだった。
【ことわざ紹介⑤】
「仲間が集まるから、遠くにだって行ける……早く行きたいなら、一人で行くといいんだわ……」
→速く行きたいなら一人で行け。遠くへ行きたいなら(皆で)一緒に行け。
単発的・短期的な成功なら一人(独力)でも可能だが、大きな目標を達成するには協力が不可欠であるという意味です。
※本編終了後のあとがきでも紹介しています。




