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オリトは茂みを抜ける音に気づかれないよう、そっと草から抜けると、目の前にぽつりと佇む建屋の壁沿いを警戒しながら進んだ。そこは、昼間にムワンバと会った建屋の裏側だった。
入口に回り込むと、ラテガと共に遺体と向き合った広間に辿り着いた。そこを横目に、冷徹なアシャと遭遇した棟の入り口を目指し、壁沿いを忍び足で進む。その時、兵の騒ぎ声に足を止め、耳をすませた。
ザラザラとした無線の音が作り出す言葉は聞き取りづらかったが、彼らの動きを見て、何となく察しがついた。辺りを執拗に見回したり、牢が並ぶ通路を駆けている。
「あたしとアシャを探してる……!」
オリトは頭から被る布が解けないよう、顎下の結び目を握りしめ、壁の一部になるようしゃがんだ。そして兵達が、バタバタと奥の武器庫や食糧庫の方へ向かっていくのを見届けると、そっと立ち上がり、棟の入り口からすぐに繋がる清掃の仕事場へ走った。
兵達の騒ぎ声を横に、緊張の糸が切れそうな思いだったところ、誰もいない持ち場を通り過ぎた。そしていよいよ、ガラクタだらけの道が見えはじめる。この道を進めば、ボートはすぐそこだ。
オリトは一度背後を振り向き、近くのガラクタに身を潜めた。そして、すっかり見えなくなったアシャを心配してしまう。
同じ道を通って来るならば、ここで待っていたかった。だが、アシャの力強い目や表情が、自分の望みを阻止してくる。
ならばせめてと、汗ばんだアシャに穏やかな風が吹くよう、オリトは両手を握り合わせ、口元に息を吹きかけながら願った。
(優しく、優しく……)
ヒリヒリとした風は、次第に緩んでいく。オリトはそれを感じると、アシャがいるであろう先をしばし見つめてから、再びボートへ向かって走り出した。
「おしてよ、ジャバリ!」
「やってるよ! オリトのやつ、なにかくいこませやがった! あとエシェがおもいんだよ!」
そんな訳がないだろうと、マライカはでたらめを言うジャバリに喝を入れる。
「無理なら引くっきゃねぇ」
ラテガは言うと、ボートに結びつけていたロープを引いた。その時、ガラガラと何かが遠くで転がる音がし、三人は咄嗟に身を伏せる。
「ラテガ! マライカ、ジャバリ! どこ!?」
その声を聞き違えるはずもなく、三人は小さな黒いものがパタパタと近づいてくるところを見て、ホッと息を吐いた。
「オリト、こいつになにしたんだよ!? ぜんっぜん、すべらないじゃないか!」
一体何のことかと、オリトはボートの前方の下を覗いた。すると、最後にここを離れる前には無かった鉄の突起物が、浸水を妨げていた。
「このまま押すと壊れる……横に滑らせよう! 右に少し曲がるように押して!」
オリトが促すと、マライカが縁を掴んで目を丸くさせた。
「風を起こせば力が入るわ!」
それにジャバリも頷くのだが、オリトがボートの後方に手を添えた途端、呼び止めた。
「そっとやれよ。でっかいのをふかされちゃ、バレちまう」
オリトは息を呑むと、ボートがそこにゆっくりと浮かぶところを想像しながら、目の前で波打つ海に向かって息を吹きかけた。
(押して! 押して押してっ!)
何度も何度も、風を呼ぶ一心で息を吹き続けた。この時、足元が泳いでしまうのが気になったオリトは、履いていた靴を脱ぎ捨て、地面に直接足を踏ん張った。そこに、カーブを描くように押すラテガとマライカ、反対側から進行方向へ導くジャバリの力が合わさり、ボートはいよいよ鈍い振動を起こすと、ガラクタの上を滑り出した。
「うごいた! うごいたぞ!」
ジャバリの声に、しーっと、マライカは容赦なく蓋をする。
「もっとだ!」
ラテガは片足で全身を支え、両腕に力をこれでもかと流し込んでいく。
そうして、ボートが緩いしぶきを上げると、四人はその場に膝を崩してしまった。だが、それでも辺りを見回すことは怠らず、皆は布を手繰り寄せて周りを警戒する。そこへ、ラテガがオリトの腕を引いた。
「アシャは? 一緒じゃなかったのか?」
オリトは顔を曇らせると、ラテガを見てから、後の二人とエシェを順に見回した。
「居たわ。北へ行く途中、アシャがあたしを背負って引き返したの。それから一緒に行こうって言ったんだけど、先に行けって……別の道で来るのかも……それで、貴方に伝えてほしいと言われたことがあるの、ラテガ」
オリトは言いながらラテガを見るのだが、どういう訳か、まだ何も告げていないにもかかわらず、彼の表情は強張っているようだった。
その様子を不思議に思いながらも、オリトは静かに、アシャに託されたことを口にした。
「“像が戦う時、苦しむのはいつも草”、“知恵は神ノ樹のようなもの”、そして“象を食べる最良の方法は、一口ずつ”」




