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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第五話 こんなものいらない
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<14>




 アシャは気配を草の影に隠しながら、匍匐前進で火矢の隠し場所へ急ぐ。雲が多い今夜、月が少しずつ隠されていき、頼れる明かりは少なかった。だが、右肘が大きく地面に沈み、その周りに適当に固めるようにして並べた石が、目的の物の在処を主張してきた。



 僅かに顔を上げ、そよ風に靡く草の間から、昼間に設置した白い布の印を確認する。自分の位置からその印までの角度に問題はなかった。しかし、風が思ったよりも吹いている。



 監視の目が薄い分、近づいて点火することもできるかもしれない。だが、今頃北では自分とオリトが居ないことで、ムワンバを含め血眼になっているだろう。ぐずぐずしてはいられないと、火矢を仕舞っていた木箱を開き、以前に亡骸(なきがら)から抜き取ったオイルライターを出した。



 ライターの点きを確かめると、別で用意しておいた小さなオイル缶を開け、それで布を湿らせていく。そして矢に火を点けようとライターを使ったものの、風で大きく横殴られてしまった。その際に自分の手が震えているのが分かってしまうと、苛立ちに握りしめてしまう。


「もたもたしないでっ!」


 手はすっかり冷え切っていた。一気に走り抜け、全身が汗ばんでいるというのに、酷く凍えていた。


「はやくっ! あの子達が待ってしまうっ!」


 思うように動いてくれない手を地面に叩きつけた。ここにきて怯えている自分が信じられなかった。今更この選択を惜しむなんてありえない。子ども達を解放すること――


「今の私はそれができりゃいいっ……それでいいのよっ! だから動いてっ!」


 手を叩きつけた反動で声を張ってしまい、慌てて身を伏せた。両腕に頬を預け、土だらけの手から湿った大地を嗅ぎつける。その香りがどうしようもなく愛おしく、縋るように土を握った。乱暴したせいで耕されていた土は、この場の茂みを豊かにできるほどの寛大さを持っているだけでなく、胸でどうしようもなく暴れる悲痛までもを拭い取ろうとしてくれる。



 アシャは、空笑いが漏れると同時に涙をこぼした。


「母さん、か……」


 自分の母は、今の自分をどう見るのだろう。殺め、殺められるばかりの世界で、一度はやり直しも経験し、また罪人に成り上がった自分を。



 答えを得られるはずもないと知りながら、胸で、ただ空気に問いかけてしまっていた。いくつもの心の傷が泣き叫んでいる。それが痛みとして感じると、また一つ、涙がこぼれた。しかしもう時間はないと、強引に目を拭い、顔を上げて火矢を握った。



 すると、不思議なことにもう、手は一切の震えを忘れてしまっていた。そして風は、先ほどよりもうんと柔らかく、時に吹くことを止めるようになった。



 アシャは強く息を吐くと、手早く矢に火を点けた。そして目標の印に目を尖らせると、揺れる炎の中に、子ども達の戯れを見た。


「“陽が昇る前に、走れ"」


 好機を掴んだ今、誰よりも早く――遠ざかる彼らの背中を、矢が追った。








【ことわざ紹介④】

「陽が昇る前に、走れ」

→太陽が昇る前に走れ

「早起きは三文の徳」と似た表現です。サバンナの動物は、太陽が昇る前の涼しい時間帯に行動するとされていることから、好機を逃さず誰よりも早く行動せよという意味の言葉です。


※本編終了後のあとがきでも紹介中です。



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