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人が行き交う一本道を進んでいると、木の骨組みとガラクタの棚で出来た店が連なる、簡易的なマーケットが見えてきた。
お金が流れてくるかもしれない――そう聞いたオリトだが、道すがら見かける人々のやり取りに、変わった様子はなかった。集めたものや修理したもの、技術や知恵の交換をして生きていく。地形が変わったならではのやり方ではあるが、震災が起こる前でも、この村ならではの、互いの力を合わせて日々を乗り越える方法は変わっていない。
時々通り過ぎていく人達の身体には、あちこちに色々な修理品が吊るされている。歩く店だと、オリトは久しぶりに訪れたマーケットのそこら中を見回した。
カクカクした文字が入った、厚みのある上着を羽織った人。ヤギの皮よりも頑丈そうな材質でできた、太い腰巻をつけた人。くすんだ青い生地のズボンを履いた人。オリトのリュックサックに描かれている絵に似た、可愛らしい少女がのったシャツを着た人。この村の人達が仕立てた服ではないと、一目でわかる。地震で住居が壊れたことで、衣類も更に他所の手に渡っていったのだ。
母に引かれるがまま、オリトはマーケットのとある狭い一角に押しやられた。隣には、母がここに通ううちに知り合った男性がおり、鍋の底を他の鉄材で塞いで直したものや、穴が開いた紐靴を端切れで隠してきれいにしたものを売っていた。
その端切れにオリトは目を奪われる。母や自分が頭に巻いている布のように、美しい模様があるものだった。
「ルルはもう一人子どもがいたのか」
驚いている男性に、母は咄嗟に笑みを浮かべる。
「ええまあ。まだ小さいから、連れてくることはあまり……」
二人の会話に振り向いたオリトだが、母の後ろに追いやられてしまう。それでも、隣で商売をする男性の魔法のような手捌きをどうしても見たくて、母の脇腹に顔を捻じ込んだ。
「これ見てみろ」
彼はそっと母に何かを差し出した。オリトは背伸びをするが、母のお尻の影で何も見えない。ただ、チャリっと、小さな鉄がぶつかり合う音がした。
「……漁師も持ってた。前のように扱えるのかしら?」
「災いの種だ。仮に今のような、単なる物々交換生活とはオサラバできたって、前の生活が戻るかどうかは……」
男性は首を竦めると、硬貨を静かにポケットに仕舞う。
「こうも国が崩壊してしまえば、こんなもの、特にこの村でなんかは回していけないさ」
「貰ったのはそれだけ?」
母の問いかけに、オリトはその足元で小さくなりながら耳をすませていた。
「そうさ。食うもんも何もない。こいつを欲しがる宛もここにはない。だから今日は、日が落ちてからも少し粘ってみる」
あの地に巡る手が、この地に求めるもの。母はまた、出かけた切り戻らない人々を思い出しては、僅かに目を尖らせた。
「やめたほうがいい。夜の客こそ、奴らが……」
静かな忠告に、男性は目を合わせないまま修理作業を続けた。オリトは、彼の顔にかかる暗い影を見るなり、誤魔化しの空気を感じた。
「その奴らに貰っちまったんだよ。つまり、また来るってことだ」
男性は口元だけで薄ら笑いを浮かべた。
「ここに居なきゃいけない。僕がこうして手に職をつけられたのは、やっと何処にあるか分かった遠い国の人達のお陰。でも、その国だって今は、もしかするとここみたいに、座標がズレるほどにバラバラになってるかもしれないよ。僕が学ばせてもらった場所は跡形もなく土になった。その人達もどこにもいない。だからさ、ルル――」
彼は一度、手にしていた修理済みのバケツを商品棚に並べた。頑丈な持ち手は木材を丁寧にしならせ、カーブを描いている。底が抜けた部分には、元のプラスチックよりも固い鉄板を、金槌で円形に叩いて嵌められていた。
「僕達はここで、自分達の力でやっていける。そう思わせてくれたのだって、異国からのヒーロー達さ。彼らが僕達にくれるのはいつも、技術と知恵だった。気づく力だった。向こうの地の復旧だって、彼らが授けてくれた力が合わさっているんだろうけど……ここを出て行った人達は今、どこまでやれてるんだろうな……」
男性が言葉を連ねていると、誰かの声がした。通りすがりの別の商売人が、さっそく彼からバケツと靴を買いに来た。商売人は頭のカゴを下ろすと、庭で育ったインゲンマメを茹でたものを、ヤシの木の器に盛って差し出した。そして、買い取ったバケツに商品のインゲンマメを入れ替え、裸足を靴に嵌めると、次の仕事にいそいそと向かった。
「いつか、武器や暴力を振るわずに話せるようになればいい。ここにいれば、その方法を模索する余裕がある。冷静でいられる」
男性は言い終えるなり、やっとありついた朝食を口にした。
母は、そんな仲間をしばし見つめると、プラスチックケースの椅子に腰を下ろした。その後ようやく、一人、また一人と、仕入れた魚を求めに客が訪れた。以前に仕入れた、魚を乾燥させて粉末にしたものも用意していた。鶏の餌として重宝され、すぐに売れた。
交換物として、一人の客はボトル一本分のヤギの乳を。そして後から来たもう一人は、店主の二人を見ては、棚下にちらつく影に目を細めると、じんわりと口を開いた。
「足元に追いやるような子どもこそ、気をつけた方がいい」
オリトは首を竦め、棚の下に隠れると、母のワンピースの裾を引き寄せた。そのガラガラした声の客からは愛想を微塵も感じず、不穏な空気をまとっていた。
「あっちは土地を巡る争い続き。街の崩落で流れ出た金を我先にと犬みたく集る奴の命はない」
母と隣の男性は、情報を交換物とする客の話に、顔を強張らせていく。
「能力のある人間は買われる。口が立ち、目が利き、鼻が利く、腕が利く。どれでも長けているか、或いはその見込みがあるならばいい」
だがその情報は、何人もの口を渡り歩いてきたものなのか、本人が直々に仕入れたものかは分からず、母は、むやみに真っ直ぐ聞き入れる気にはなれなかった。だが、今朝の馬車や猟師達のこと、一向に戻る気配がない電工の夫のことが、どうしても引き出されてしまう。
隣の彼も同じだった。馬車の男に硬貨を差し出された際に、技術師として雇われかけたことを思い出していた。今回は出稼ぎを免れたが、次はきっとないだろう。やはりすぐにでもここでの商売を止め、別の場所で店を開くべきかと頭を廻る。
情報を連ねる客は、屋根に葺くためのヤシを担ぎなおしては、続けた。
「丸裸の大陸にはいずれ、新たな組織が生まれる。奴らがここまで陣地を広げるのも、じきだろう」
客は背を向け、歩き出そうとする手前、肩越しにじっとりと振り返る。
「大規模な地割れは、棲みついた“リカオン”の牙を研いじまった。この臭いに、あんたらはどこまで気を張れるか……」
そして、客のすり足が微かな砂煙を立てた時――オリトは商品棚から顔を突き出した。
「そんな臭いも暴動も死も、打ち払ってやるわ!」
「オリト!」
母が叫ぶよりも早く、熱を含む大風がどっと吹き荒れた。巻き上がる砂に誰もが目を塞ぎ、ばたつく衣類や、吊るされた調理器具が荒れ、棚売りの商品は転げてしまう。繋がれたヤギまでもが、バランスを崩して倒れてしまった。
「風か」
異様な空気をまとう客は、顔を上げるなりオリトに流し目を向け、呟いた。
母は娘の襟首を掴むと、背後へ放り込むようにして隠した。そのまま隣の男性が、オリトを自分の脇腹に寄せて身構えると、その客を警戒する。
「この臭いは雨よ。考えすぎだわ」
母は言うと、適当に笑って見せた。晴れ渡った日ではあるが、雨季である今は、いつ豪雨がきてもおかしくない。湿った冷たい空気が、先ほどの突風で余計に早く運ばれてきた。それだけのことだろうと、明るい態度をチラつかせて見せる。
客は眼差しを変えないまま、母をじっと見やると、その後ろから垣間見える子どもを僅かに目を細め、呟いた。
「“使い魔”か……」
母は不意に喉をしめつけられた。その横では男性が、オリトの両耳を透かさず塞いでいた。それでもオリトは目を見開き、その客の言葉を聞いていた。
品物の対価があまりにも酷すぎると、本当はもっと言ってやりたかった。気持ちや腹を満たすためのものを、何だと思っているのかと。けれども客は、もうこちらを振り返ることはなかった。




