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そして、夜は悠々と訪れた。しかしラテガは、昼間に見た兵の動きに違和感がし、牢の中から外の様子に耳を欹てていた。
昼食後にいつもの訓練があったが、その後は腕ありの兵達が何やら集まっているのを見かけた。中には訓練中の兵もおり、おそらく腕試しをさせられるのかと見た。
そして今、昨夜に比べて動き回る音がしている。こちらの牢の周りに人の気配はないが、牢を出て通路を抜けた先の廊下は騒がしい。
頭から被り込んだ黒い布の端を、縋るように握る。食糧庫でのことがあってから、子どもだけで遺体以外の片づけを命じられた。マライカとジャバリと同じ時間を過ごせたのは僅かだったが、目だけのやりとりを交わすと、それぞれが無事に黒い布を隠し持つことに成功した。
しかしマライカの足蹴は予想以上のもので、ラテガは時々疼く横腹に手を添える。ボートでの合流が落ち着いたら、うんと言いつけてやろうと思った。
その一方で、朝からめっきり会わないオリトが気がかりだった。牢の両隣にも、向い側にも、どうやらいないらしい。アシャの姿すら見ていないが、訓練に関わっている可能性が大いにあり得る。よって、マライカとジャバリの近くにいるはずだろう。
せめて廊下の近くの牢に移っておくべきかと、遠くの騒ぎに上手く紛れるように鉄扉を開けた。静かな通路に、杖をつかず壁伝いに歩いた。脛までを隠してくれる布は、自分を上手く闇に溶かしてくれていて、少しばかり安心できた。
武器を背負う兵が向こうの廊下を過ぎていく。足音を気にしながら、じわじわと廊下に近い牢に近づいた。
中を覗くと誰もおらず、スルリと忍び込むと、兵達の声がより大きく聞こえた。万が一に備え、扉の裏側に身を潜めると、早くも、ある話し声が矢のごとく耳に飛び込んだ。
「先に北上した連中が攻撃を始めた。あの餓鬼が吹っ飛ばすのはもうじきだとよ」
「司令官が連れているのか」
「いや。副官が連れて合流する」
ラテガは顏が冷たくなるのを感じると、首を竦めた。そして何も見えない中、何度も目を左右させ、状況を予測していく。焦れば焦るほど、朝からここへ来るまでの間で見かけたもののピースが、どんどんバラバラになってしまう。
あれからマライカとジャバリには会えていないが、兵がこんなにも動いているとなると、二人も関係しているのだろうか。となると、今この場でじっとしているのは自分たった一人だということになる。ならば、自分にはどのような形で合図がくるのか。もしくは合図を待たずに、兵の多くが出ることで監視の目が薄くなったうちに、自分だけでもボートに行くのが妥当か。
考えに考えを廻らせた末、その手を取ることにした。この足では何をするにもぐずぐずしてしまうのだ。それに皆ならばきっと、自分が先に動いていることに気づける。そう信じて、グッと瞼を上げると、外の騒ぎが更に治まるのを待った。
しばし違うことに意識を向けたところで、再びオリトのことを考えられるようになった。
食糧庫に吹きつけた突風――あの歪な荒れようは、オリトのものに違いないだろう。しかし外に彼女はいなかったようだ。となると、別の場所で何かがあったのだろうか。他の兵達が拘束した拍子に起きたものだろうか。
そろりと扉の隙間から兵達の様子を伺う。その最中、オリトの居所の推察は続いた。
ムワンバ達にいいように使われる目的でここに来たからには、そうされる時がいよいよ来たことになる。あのオリトならば抵抗しそうなものだが、兵達が作戦通りに動いているならば、オリトは大人しく従っているということになる。しかし、今夜の脱走を彼女が諦めるとは考えにくい。
「しばいか……」
オリトが前線に近づいているならば、アシャは必ずそこにいる。そして戦力になれていないマライカとジャバリは、拠点のどこかにいてもおかしくない。
「探すか……」
否、まだ待つべきだろう。近くにいるならば彼らは探しに来るかもしれないと、前に出かかる身体をまた中に引っ込めた。
布の中で闇の一部になると、ふと、外の不安定な騒めきが鎮まった。自分の速まる鼓動だけが聞こえてくると、慌てて深呼吸をした。
いつも落ち着いて行動していたい自分が、らしくない。酷くオリトが心配で、足がそわそわしていた。自分のようにひねくれていない、この地に居ながらも真っ直ぐな彼女が、ムワンバの道具にされてしまう。その様子を想像すればするほど、深呼吸は間に合わなかった。
「それじゃ幸せになれない……」
感情的で突発的なところもある。だからこそ下手をしかねないオリトが、前線に耐えられるのだろうか。そう問いかけるや否や、早くも首はそれを否定していた。
ラテガは鉄扉に預けていた手を握り、歯を鳴らした。自分達のその時は、きっと今夜ではない――そう過っては、きつく目を閉じ、悔いが滲んでならない顔を布の中に伏せた。ところが
「ラテガ! ラテガ、いるか!?」
「しっ! 声がでかいっ!」
ラテガは激しく顔を上げると、たちまち鉄扉を開け放った。見るとそこには、同じ黒い布を被ったジャバリとマライカが立っていた。二人とも廊下から通路の中に入り、同じ影の一部になりながら、布の中でにんまりと歯を光らせる。マライカの首元をよく見ると、エシェが両手を回してしがみついてた。
「見張りの兵も他の兵も、すっかり北ばかり気にしてバッカみたい。さ、行くわよ!」
「待て、オリトは!?」
ラテガは二人に手を取られ、身体を支えられ、いそいそと連れられるところを、気持ちだけが置いてけぼりになってしまう。
「オリトはどうする!? 助けてやらねぇと」
「あたし達が近づけるわけないでしょ」
間髪入れずに飛んできたマライカの言葉に、ラテガはまだ混乱していた。そんな彼を見るのは二人とも初めてで、互いに言葉を失いかける。だがマライカは、ラテガの肩をそっと掴んだ。
「今夜、何かしら動きがあることをアシャは分かってたんだと思う。だから作戦を今夜に決めたんだわ。でも、オリトが連れられることは予想外だったかも……」
だけど、と、マライカは目に力をこめて続けた。
「あたし達はボートに行かなきゃいけない。アシャのことだから、きっと分かりやすい合図をくれる。皆がそろわなきゃ実行できないの。まずは目指さなきゃ。ここにいる、あたし達だけでも」
「下手なうごきは、しちゃいけないだろ?」
言い添えられたジャバリの言葉に、ラテガははっとして、彼を見下ろした。いつも偉そうに自分が口にしていたというのに、小さな彼は優しく笑ってそれを思い出させてくれた。
ラテガはようやっと吹き出る汗がおさまると、二人に支えられながら、慎重に建屋の外を目指した。




