<8>
アシャが居るのは拠点の裏の敷地だった。彼女もまた、ガラクタを集めていた。だが、それらは拠点を守るように積まれ、一種の壁を生み出している。その取り組みを目にした一人の副官が、彼女に眉を寄せた。
「何でお前が外敵対策なんかやってる」
アシャは、その声に止められた手を適当に払うと、一呼吸挟んで答えた。
「こっちは兵の前に母親をしてる。一人で黙々とやりたいこともある。何の用」
アシャは、副官が返り血を拭う手付きに僅かに目を細めた。その傍ら、副官が話す直近の出来事を聞いていると、すぐ下に転がるドラム缶の数々を指差した。
「あそこにいるじゃない。あたしが来た時からああして働いてる」
オリトは間に合わず、二人と目が合ってしまった。だが、アシャの淡々とした様子が、どういう訳か焦りを鎮めてくれる。そして、ドラム缶の影からそっと抜け出ると、敢えて箒を扱って見せ、ここで仕事をしているように装ってみた。もし副官が来るのならば、来ればいいとすら思った。
「あの時の突風はアイツに違いねぇ」
「待ちなさい」
アシャはピンと糸を張るように、オリトの元へ下りようとする副官を振り向かせた。
「なら、あの子は何ノコノコと奴隷をしてるの? 突風を起こせば殺される。であれば、逃亡するのが自然。魔物なら楽にやってのけそうなのに、してない」
アシャは副官に寄ると、下でドラム缶を動かしはじめたオリトを眺めた。
「刺激するな――あの子の父親が言った通りに扱うせいで、横槍が入る隙ができたのは仕方ない。けど、ここで貴方があの子を繋げば? あの子は何をしでかすのか。そして、ついさっき横領から免れた盾に、また何かあれば? それも兵のしくじりによるものなら、司令官は……」
アシャは溜め息交じりにオリトに背を向けると、副官に再び向き直った。
「貴方と私を今度こそ殺す。代わりがすぐ立たないことなんて関係なく」
乾ききった感情で淡々と告げたのも束の間、副官はアシャに流し目を向けると、オリトの元へ向かった。アシャは今度は呼び止めず、その先のオリトを見据えた。
オリトは、副官が迫るのを横目に、ドラム缶の向きを整えていく。そして、副官の影が近づいてきたところで、真っすぐに立って見せた。
「コソコソ何してる。戻れ」
オリトはこの時、皆の口調を思い出すと、慎重に言葉を紡いだ。
「お言葉ですが……あたしを兵の近くに居させて下さい」
副官は耳を疑うも、しばし間を置き、目を尖らせる。
「あの餓鬼らのことを言ってるなら、ありえん」
副官は、オリトが意味する“兵”をマライカとジャバリのことと見た。ところが
「彼らなんて大嫌いです」
意外さを含む鋭い発言に、副官の瞼が僅かに震えた。オリトの顔には、同じ環境にいた子どもを嫌っている様が強く滲み出ていた。また、その酷い汚れ方にもつい目を凝らしてしまう。
「周りはあたしを指差します。見ての通り、気が散って頭がおかしくなりました。兵のそばに居ちゃダメなら、ここで泥の一部になって仕事をします」
オリトのまたしても静かな、それでいて強い意志を感じる物言いに、副官は、特別妙な動きを見せる気配のない彼女をしばし眺めては、腰から鎖を取り出した。
「お前に選択権はない。だが時間までは、俺の目が届く範囲に置く」
アシャは二人の静かなやり取りを覗っていると、オリトが大人しく副官について行き、こちらを見向きもせずに去るのを見届けた。
子ども達との距離を保つのに汗水が止まらなかった日はない。今もそうだ。ここに副官が来ることで何が起こりうるか、まるでコンピューターにでもなったつもりで幾つもの可能性を想定した。しかし、ここに来てやっと、神が少しばかり肩を持ってくれたのだろうか。
外敵からの攻撃を一時的に凌ぐために、壁を建てるよう指示があったのは事実だった。他の武装集団からだけでなく、雨季の今は土砂が流れ着きやすい。その上、獣にも臭いを辿られる。
だが――幾つも積み重ねたガラクタの麓の、すぐ隣に寝かせておいた鉄板を持ち上げた。数日かけて動きを企て、ようやく手に入れたダイナマイトを忍ばせておいた。この場所の、この方角で仕込んでおくことで、チームは一時的であれ過去の襲撃を思い出し、こちらに意識が向くだろう。
ただし、ここに一発で火を投下できねばならない。子どもの頃に担った弓矢の腕は落ちているが、賭けるしかなかった。
鉄板を脇に立て掛けると、仕込んだモノの周りに枯葉を集めていく。ある程度嵩張るように覆ったところで、夜でもこの位置を照らすための白い布を二本の枝に結び、しっかりと張った状態で地面に刺した。
突端な方法にもまた、冷や汗が滲んだ。誰の目にもつかないうちに準備を済ませられたとはいえ、実行までは落ち着かない。それを素知らぬ顔で任務に就くにはまだ早く、碌に眠れず疲労が蓄積した身体を、そっと壁沿いに横たえた。
腹など空かないが、皆、食事を始めている頃だろう。自分の姿がなくては怪しまれるが、今だけはこの時間を優先したかった。
朝陽がまた顔を出そうとしているところを、薄目で見つめた。
本当はもっと、恐怖や緊張の縄から解放されて草の上で眠りたかった。またあの時のように、作物を育てながら歌をうたい、仲間が織る服を爽やかに着こなしたかった。もう少しの間、せめて雨季が抜けて太陽が燦々(さんさん)と降り注ぐ時期がくるまで、景色を見たかった。子ども達にもっとしておくべき話をすればよかった。納得のいく子育てはそもそもハードだけれど、この地では尚さら厳しかった。
ジリジリと焼かれるような感覚が肌を走り、知らぬ間に閉じていた重い瞼を持ち上げた。陽光が射し、手をかざしてしまう。その光の中に、またあの時の光景が蘇ってくる。
一度兵を抜けてから大震災を経た今、あの時共に新たな暮らしを手に入れて働いた仲間達の殆どが失われてしまった。居所が分からなくなってしまった人もいる。
彼らを見つけ出すためにも、弔うためにも、あの時のように、また新たな暮らしを目指して進みたかった。あの時支えてくれた異国のヒーロー達がくれた自信を盾に。
そっと起き上がると、足元の仕掛けに虚ろな目を向けた。今の自分にできる最大限のこと――“未来の自由”を次の陸地へ、何としてでも送り届けることしかない。




