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ジャバリが棒を振り下ろした――かと思いきや、それは手から滑るようにしてすっこ抜けると、床をカンッと打った。
マライカはジャバリを張り倒すと、すかさずその棒を拾い上げる――ところが、それはクルリと端を遠ざけて回り、ふらふらと転がっていく。
「もういい」
ムワンバの重い声が、ようやっと騒ぎを鎮めた。
「そンな手つきじゃア、仇を取る前に死ぬぞ……」
ムワンバは、棒を取りそこなったマライカの手から、彼女の汗だくの顔を貫くように見下ろした。
そこへ、食糧庫の入り口から副官の二人が顔を覗かせた。何か重いものを引き摺る音がし、皆はそちらへ意識が向いてしまう。
「局は壊しました。だが、例の餓鬼はいません」
ムワンバは声もなくただ頷くだけだった。
兵達のやり取りがてんで分からず、子ども達は、張り詰めた空気にじわじわと喉を締めつけられていく。
「風の餓鬼はどこへやった、ラテガァ……」
ラテガは、足を押さえつける手の力が緩んでいく。ムワンバの質問の意味が分からず、その感情がそのまま顔に出てしまう。またそれは、後の二人も同じだった。
「今朝、お前ェが調達局に、うちの盾を渡しに行ったろう」
何かの仕事の話だろうが、今日までそのような言葉すら聞いたことがなく、ムワンバの言っていることはてんで解らなかった。ラテガはその気持ちがみるみる顔や態度に滲み出るのを感じたが、こればかりは本物の自分を晒すしかなかった。
その時、ムワンバが鞭を轟かせた。床からの砂煙が目を刺激しても、誰もムワンバから顔を背けなかった。
「俺にとぼけるとどうなる……?」
命は無い――即座に頭に浮かんだ言葉を言おうと、マライカが口を開きかけた時、ジャバリが一つ前に割って出た。
「おことばですが、しれいかん! ぼくらは、あの“つかいま”をおそれています! ともにはたらいたときに、そうおもいしらされました!」
「……俺は今、誰に聞いてる?」
ムワンバの鋭い視線が一時ラテガに向けられると、ジャバリは声を引っ込め、唇を噛んだ。
「我らの、最高の、司令官……」
ラテガの落ち着いた声に、皆の視線が集まった。痛みを堪えながら、ラテガは上体を起こしていく。
「となり街の、その先まで行きました……それで、時間がかかりました……」
ラテガは、散らばる食料に視線を送る。街のすぐ手前では手に入れられない、少し奥まった地域でなければ目にしない加工食品が転がっていた。
「すぐそこで得られるものが、限られてきました……だから、少し歩きました……調達局とは、何ですか……?」
慎重に話すラテガを前に、マライカとジャバリも立ち尽くしていた。
ムワンバは、真っ直ぐに見上げてくる子ども達を前に、しばし黙った。そして、ふと、ジャバリを見ると、彼は一瞬だけ肩を竦めた。子どもの中でも取り分け読みやすいジャバリだが、そこからも偽りの臭いがしてこない。
ならば、と、ムワンバは入口に立つ副官に、首を手前に一度振ると、中に入るよう合図した。するとそこに、間髪入れずに巨大な何かが投げ込まれた。
「っ!?」
ラテガ、そしてマライカとジャバリも、予想だにしない事態に肩が縮み上がる。目の前に滑り出てきたのは、制服をまとった男の遺体だった。
「この男は、俺の盾を横取りしようとする裏切り者だと情報が入った……探れば、鼠みたく元居た局の連中とつるみ、我々を滅ぼそうとしていたことが分かったァ……」
ムワンバは煙を吐くと、ジャバリからマライカ、ラテガの順に、じっとりと舐めるように顔を見合わせていく。
「コイツに、あの“使い魔”の話をして、てめェらはいくら儲かったァ……?」
子ども達は、知らぬ話にどう示してよいか分からず、ただムワンバと向き合うしかできなかった。だがマライカは、一つ閃くと、胸に拳を当ててムワンバの目を引いた。
「ちかいます! その男のこと、そしてその男と“使いマ”とのこと、一切知りません!」
それを聞き、ムワンバはわざとらしく眉を上げて見せると、うつ伏せの遺体の髪を掴み上げた。
その遺体の目に、オリトは真っ先に捉えらえてしまった。全身が凍てつき、呼吸が奪われていく。
束の間、脳裏に過ったのは酒瓶を揺らすあの男だった。腹の底から何かが燃え上がり、肩の動きと同時に呼吸を取り戻していく。
友達が今夜の計画のために取った行動が、異常な結びつきを生むと同時に、死と破壊を招いた。どれも一瞬のことで、呆気に取られる暇もなく、目の前で晒される動かなくなった男性の姿に、怒りが震えとして込み上げる。そしてまた、胸が引きちぎれる痛みが喉元に迫り、押さえつけてしまう。
「こんなもの、要らない……」
弱々しい声を乗せた息が、熱を帯びていく。
「要らない……要らない要らないっ……」
もっと、もっと熱くなっていくと、すっかり忘れてしまっていた太鼓の音――ゴマのような音が激しく鳴り響いた。この、岩をも打ち砕いてしまいかねない音は、鼓動だ。
ムワンバは、目を見開いたままの遺体を、子ども達一人ひとりに向き合わせていく。だが、それでも、子ども達の意思表示は固く、変わらなかった。そしてその遺体は、ガラクタを投げ捨てるように解放され、鼻面を床に打った時――
オリトの中で何かが弾け飛んだ。涙ぐんだ眼を大きく見張ると、怒りと悲しみで熱した息を、鼻と口から勢いよく吐き出した。
途端、その場の窓ガラスが食糧庫内に弾け飛ぶと、手前のテーブルから椅子、食料、布と、何もかもが唐突に螺旋を描いて舞い上がった。濃い砂煙に見舞われ、中の皆は顔を覆うのがやっとだった。
突風は、ガラスや砂で肌を傷つけながらその場を吹き抜け、いってしまった。異様な風にピンときた兵達は、真っ先にそこの窓から顔を突き出した。しかし
「いません」
副官がムワンバに告げると、もう一人の副官が外に回った。ところが、周辺には人の影一つ無いどころか、誰かがいたような気配すら感じられなかった。
事態の急変に、ラテガとマライカ、ジャバリは驚きを隠せないでいる。しかし、互いに顔は合わせないまま、風の理由をそっと胸に秘めた。
辺りに視線を這わせて警戒する子ども達を横目に、ムワンバは葉巻の火を踏みつける。そしてまた、彼らの意外な様子を見やっては、どこか疑問を潜ませたまま、その場を立ち去った。




