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滴る汗も構わず、ラテガは黒い布に食料を包み、食糧庫に向かっていた。太陽は顔を出し、建屋一体には、激しい崩落の影が凹凸に広がっている。雨季にしては連日晴れ、雲が大きく割れて澄んだ空を見せていた。だが、その景色に見とれている暇はなく、陽射しに焼かれながら長い通路の角を曲がった。
そして案の定、食糧庫に入るや否や、身構えていた光景が目に飛びこんだ。それは想像以上のもので、ラテガは思わず息を止めてしまう。
「どこほっつき歩いてたァ?」
煙が酷く籠っている。その理由を考える必要などない。ムワンバに見入ってしまっていると、背後から細い息遣いがスルリと伸びてきたのも束の間、背中の二カ所からただならぬ激痛が迸り、気がつくと床を滑り転げていた。
痛い。痛いが、これは大人がしたこととは比べ物にならない。と、そろそろと肩越しに背後を覗った。そこには、自分だからこそよく見て取れる、顔の強張りを無理に押し込みながら兵として振る舞うマライカとジャバリが立っていた。
「何してる……とっとと痛めつけて分からせてやれやァ……」
ラテガは僅かにムワンバに向くと、またすぐ背後の二人を見やった。ほんの一瞬、煙の幕が解けていく隙間から見えた、二人が握りしめる鞭と棒の震え。抵抗したい気持ちを隠しきれないのだろうが、それではマズイと、二人に迷いなく首を振って見せた。
(さっさとやれ!)
ところが、二人は一向に動かない。動けない、が正しいだろう。
子どものぐずぐずした態度に、ムワンバは溜め息を吐いた。煙はまた、仲間との間に壁を隔てていく。そして、ゆるゆると腰を上げると、最も震えが止まらないでいるジャバリから鞭を取り上げ、鼻がつくまでに顔を近づけた。
「よォく見とけェ……」
しかし
「やりますっ!」
マライカが声を張ると、ラテガに駆け寄り、彼の身体を踏んずけた。
ラテガは急に横腹を圧迫され、息が漏れる。しかしマライカは、そこに容赦なく力を加え、彼の身体を翻そうと蹴り上げた。
あまりの痛みにラテガは目を瞑る。頬に微かな水しぶきがかかるのを感じた。それが何かは見なくとも分かる。見てはならないと言い聞かせ、自分の指示通りに本気を絞り出すマライカを瞼の向こうで眺めた。
ジャバリを置き去りに、マライカはいよいよラテガを翻らせる。その時、ムワンバの呼びかけに咄嗟に振り返った。ムワンバは指先だけで、反対側に回れと促してきた。その位置はラテガの左足の側であり、マライカは身体が強張ってしまう。
その時、ラテガが半ば抵抗するようにマライカに腕を振り払った。だが当然、その意味は“指示に従え”という振りだ。
マライカは心底震え上がるも、両者の目に導かれるがまま、言われた位置に急ぎ回った。
「どうしたァ……お前ェが言い出したろう。とっととやれやァ……」
ムワンバの圧力に押され、マライカは病に蝕まれたラテガの右足に息を呑む。そして、爪先をグッと引くと、彼の太ももの付け根の側面を蹴飛ばした。
ラテガは悲鳴を上げた。だがマライカも、息が止まるほどの痛みを爪先に感じ、攻撃を止めてしまった。涙が滲みかけていたにも関わらず、一瞬にして引っ込んでしまった。どういう訳か、爪先に固いものを感じ、違和感が拭えない。そこから迸った痛みは果たして、ラテガの足の硬化が進んだ故のものなのだろうか。しかし、今ここで戸惑い続けることはできず、どうにか頭の奥に感情を押し込んでいく。ラテガは、その個所を強く押さえつけながら痛みに溺れているようだった。
マライカは息を吸い込むと、再びしかめ面になり、ラテガが運んできた食料を包んでいた黒い布を乱暴に剥がした。
「何なのよこれ」
(ごめんなさい)
鼻に布を近づけると、床に叩きつけた。
「ススと変なニオイがする」
(ごめんなさい)
床に散らかった運ばれた食料を蹴飛ばした。
「兵になれないのはそういうところよ。あんたはいつだって、あたし達を見下してた!」
(ごめんなさい)
「おかしなものを食べさせようったってムダよ!」
(ごめんなさい)
マライカの耳を劈くような怒号は太く、気づけば躊躇いなど消えていた。しかしこの時、食糧庫の外側に辿り着き、その窓辺の下に身を隠していたオリトには聞こえていた。彼女が心で、泣きながら何度も謝っている声を。それが痛々しく、思わず耳を塞いでしまう。それでも、彼女の想いは両手を擦り抜け、電気のようにピリピリと身体を痺れさせてきた。
「ジャバリ!」
ラテガへの攻撃を止め、マライカはムワンバに鞭を取られたまま縮み上がるジャバリを睨んだ。そして、うむを言わせる隙を与えず彼の腕を取ると、ラテガのそばへ引きずった。
「マラ――」
「この子はあたし達にクサイものを食べさせようとした。自分だけ、外でいいものを食べてね」
(ごめんなさい)
マライカは奥歯を噛みしめると、ジャバリに自分が手にしていた棒を押しつけた。
「見せつけてやんなさい。あんたが強いってところを。あんたを弱い者あつかいした、こいつに!」
(ごめんなさい……)
――貴方は何も悪くない。
オリトは、金切り声を上げて懸命な芝居をするマライカに向けて、淡く光る言葉を紡いだ。そして、ほんの僅かに窓の隅から片目を覗かせる。
汚れた窓ガラスと、それをどうにか固定する木枠の隙間を縫うように、風が入っていくのを確かに感じた。けれどもマライカは、これに気づくことなく、ジャバリへの説得とラテガへの攻撃を止めない。まるで、我を忘れてしまっているようだった。
ジャバリは棒をいよいよ振りかざす。だが、高く上げれば上げるほど、その震えが大きくなっていく。
(ぼく、ムリだよ……できないよ……)
それでも棒を掲げねば次に行けないと、頭では分かっていた。足元には呻き声を上げるラテガがいるが、顔を合わせようとしない。しかしその苦しい表情の向こうに、いつもの彼の冷静さが残っている。だからこちらに目を合わせず、この場で必要なことを徹底的にやり通せと委ねている。
(それでも、あんまりじゃないかっ……できるもんかっ!)
声にならない悲痛の叫びを聞きつけたオリトは、“やらなくていい”と、心の中で彼に首を振った。だが、ジャバリの心の声をまるで聞きつけたかのように、「やりなさい!」とマライカが叫ぶのが聞こえた。
そして、ジャバリがキュッと目を閉じ、いっぱいまで棒を振りかざして息を吸い込んだ時――オリトはその場から強く息を吹きかけた。




