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じき、昨日ラテガと訪れた場所が見えてきた。ところが、コソコソとしたやりとりが聞こえてきたと思うと、オリトは、目的のボートから離れた壁の裏に身をひっこめた。耳を澄ませると、たった半日会わなかっただけなのに、ずっと長い間会っていなかったように錯覚してしまう仲間の姿があった。
「ほら、ふさがった。オールはみじかいけど、しかたない。おもけりゃつかえないし」
「他にも穴はないの? 底は念入りに見ておかなきゃ、エシェも入れて六人も乗るのよ」
ジャバリとマライカは、ガラクタで上手く囲いを作り、その陰で、残っていたボートの修理をしていた。昨晩、アシャは今夜の動きを詳細に話すことなく行ってしまった。本当なら二隻あるのが望ましいところだが、その辺りの内容も教えてもらえないままだ。
「たべものだっているのに……アシャ、なんかへんじゃないか?」
その時、サッサッと忙しない足音を聞きつけ、二人は大きく跳び上がりながら背後を振り見た。向こうからオリトが来るのが見えると、胸に手を添えて大きく息を吐いた。
「驚かさないでよ!」
しかし、マライカの一声にブレることなく、オリトは二人の中に割り込んだ。
「ラテガは食べ物は要らないって」
ジャバリとマライカの口が固まってしまう。オリトはボートのそばにしゃがむと、昨夜のアシャとラテガとの時間を、二人に静かに話して聞かせた。
「すぐにその村につけるならいいけどさ、ムチャだろう? なにがあるかわからないのに、ぶきも、たべものもなしなんて。ムワンバたちじゃなくても、でっかいどうぶつにおそわれたら?」
「でも六人も乗るなら、それ以上の物を積めないわ。あたしがきっと道を見つけてみせる」
「オリト。ありがたいけど、それはどこからの自信なの? あんただって、流れ着いた場所によっちゃさすがに迷うでしょうが」
「ひょっとして、力か? きみの力で、なんとかできるのか!?」
ジャバリはオリトの喉を指差し、目を大きく見開いていく。だがマライカは、たとえオリトの力を実際に見て知っていても、それによって作戦がどう上手くいくのかが想像できず、首を竦めてしまう。
「やる……やるしかないでしょ……」
たった一度きりで決めねばならない。そのためならば、気に入らないものを逆手に取る必要もあると、オリトは少し黙ってから、喉を掴んで呟いた。
「これは、誰にとってもいい道具になるんだわ……でも持っているのはあたしなの……」
そして、熱くなる目に力をこめ、マライカを見た。
「あたしは、この声を救済のために使ってみせる……」
マライカは、昨日の朝に自分がオリトに話したことを思い出した。少ない時間を経て、目の前の友達は随分変わったように見えた。きっと迷いや不安はあるのだろうが、それを超えてくる太い意志が、よそ見をさせんとしてくる。
「ふうん……じゃ、たのんだわよ」
マライカは、どこか悪戯っぽくオリトに笑って見せると、その肩を抱き寄せた。
「訓練は? 浅瀬に押すなら、あたしがやっておく」
聞くと、二人はまだ日が昇らない内に牢からここへ抜け出してきたようだ。またその際に、アシャが武器を背負って拠点の外れへ遠のいていく姿を見た、とも。
「二つ目の訓練場の支度をしなきゃいけない。次に会うのはもう……」
話しておくならば今の内だと、マライカは辺りに視線を這わせた後、ボートの縁に三人で屈んだ。
「アシャの動きが分からないの。でも信じてやるしかない。オリト、あんたはこの後、このボートをどうにかして、そこまで押し出すの」
マライカは言いながら浅瀬を指差した。
「でも、まだ海に出しちゃダメ。流されちゃいけないから。それに、あやしまれやすくなる。このボートは、常にガラクタに見えるようにしておかなきゃいけない」
そこでジャバリが、ボートに被せていた泥だらけになった布を掴み、口を開いた。
「こいつで六人をおおって、ボートの中にねころんでいくんだ。人がのってるってバレないように」
オリトはジャバリが手にするそれを見つめ、こくりと頷くと、もう一つの道具について二人に話した。
「黒い布が四つある。昨日見つけたの。それでもっと見えなくできるわ。あたしとラテガの牢にあるけど、貴方達にどうやって渡せばいい?」
逃げる道中から被っていられるのが理想だと話すと、マライカもジャバリも首を捻り、唸ってしまう。訓練兵になってからの動きがてんで分からず、昨夜と同じように過ごせるかどうかも定かでない。そこへ
「俺が今から飯を包んで持ってってやる」
不意に投じられた声に、三人は肩を跳び上がらせて振り向くと、ラテガが立っていた。いつも通り、食料を余分に貰いに出かけていた帰りだった。
「飯の在り処には、お前達も出入りするだろう?」
ジャバリとマライカは顔を見合わせると、ラテガに頷く。その横でオリトは、布を見つけた食糧庫の存在を思い出した。
「でも、すてられないか? すてられちゃ、リスクがあがる」
ジャバリの心配事など、ラテガは平然と受け止めた。
「今更何だ。特大のリスクを背負って今日までやってきているってのに。それにオリトが見つけた布なんて、そもそも使う予定になかったものだ」
ジャバリは口を尖らせ、小さく頷くと、話の先に耳を傾けた。
「いくら倉庫で適当に扱われていた布だからって、あったものが無くなってりゃ、だれかはおかしいって思うかもしれない。これで、すでにリスクは上がってる」
三人はゾッと青ざめるも、でも、と、ラテガは続けた。
「仕事に一時的に使っていたことになっていれば、それほどあやしまれないだろう」
昨日の遺体整理がいい例だと、ラテガはオリトを見て言い足した。
「あたし達が食事の準備をすることもある。昨夜がそうだった」
マライカは思い出すと、ラテガは小さく頷いた。
「ロウに寄らないといけない。運ぶのに少し遅れる。上手いしばいをしろ」
「え!?」
ラテガの無茶な指示に、ジャバリは思わず声を上げてしまった。
「芝居って? ラテガ、運ぶのに遅れるなら、あたしが昨日みたいに走る」
オリトは焦りを隠せず、ラテガに前のめりになる。しかし、ラテガは素早く首を振った。
「お前はお前の仕事をしろ。いいか、ここから先は俺達はつるむことも話すこともしない。そんなところを見せちゃいけない」
ジャバリは顔を強張らせながらも、息と共に決意を呑んだ。
「……何なら、前とは打って変わって、あなたには強く当たらなきゃってことね」
マライカは苦いものを呑むような顔で呟くと、オリトは、彼女とラテガを見合う。
「乱暴しないで……」
「その時はその時だ」
オリトの声は、すっぽりとラテガの返事に覆われてしまった。
「ここではマライカとジャバリは兵だ。もう昨日の昼飯までの仲じゃない。覚えておけ」
ラテガは言い捨てるように口にすると、その場をそそくさと離れ、拠点に向かった。それでもマライカとジャバリは楽々と彼を追い越してしまうが、今は絶対に追い越し、兵として友達と向き合わねばならない。
「オリト、たのんだわよ」
「気をつけろよ」
二人はそのまま、ラテガとは別の道に逸れ、先回りした。




