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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第五話 こんなものいらない
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<2>




 マライカとジャバリはどこにも居なかった。でもやるべきことは分かっている。何かを言われるまでは、黙々と道の掃除とガラクタ整理をするのだ。そして教わった通り、川の流れを復旧する(かたわ)ら、ゴールドも探してみる。



 大きなものや、触ると危険なものは、ひっそりと息を吹きかけて風を呼び、ズルズルと川の端へ動かした。そうして繰り返しながら、自分を知るというアシャの教えを試し続けた。息の強さが風の強さに比例する。単純なことに思えたが、その一方で、兵や馬車をひっくり返してしまった際も同じだったのかは、少し疑問に残ってしまう。そしてその疑問は、他の謎もスルスルと手繰り寄せてくる。特に声を出していない時にも吹く風には、一体どんな理由があるのか。



 ぽつりと立ち尽くしていたところに、咳払いがした。振り向くと、同じ掃き仕事をしながら川で砂と向き合う男性が、じっと見てきた。そして川の方へ顎をしゃくり、カゴを振って砂金取りを促してくる。

 既に浅瀬に居たオリトだが、言われた通りにすれば何かをされるような気がして、オリトは彼に近づかずに首を振った。


「あたしは小さいからできない」


「その“息”があるだろう、小娘。俺は知ってる。お前さんがいい“盾”になると」


 薄ら笑みを浮かべる男性に、オリトは目を尖らせた。今日まで、同じ仕事をする大人とは口を利いたことはなく、誰がどんな性質かも聞いたことはなかった。ただ一つ、ジャバリが話していたことで覚えているのは、元は多くの富を得ていた人であるということだ。実際、男性の服装に目を凝らしてみると、汚れが目立つが、よれてしまったシャツとパンツは(かしこ)まって見えるものだった。



 男性はじわじわとオリトに近づくと、嫌らしい目つきで歯を見せた。


「ムワンバの連中が好き勝手できるのも今の内だ。あいつらはとんでもねぇ勘違い野郎だ。あの大震災以降、この国をすっかり自分達のものにしちまおうなんざ、馬鹿な魂胆だ」


 人に人を殺めるよう命じる殺人鬼集団。そのように彼らを表現した男性は、ポケットから幾らかの硬貨と、それとは別に多くの砂金を取り出した。

 オリトは目を見開いてしまう。あのジャバリなら目を輝かせそうだが、どうにも同じ感情は芽生えなかった。


「……人々が恐ろしい中で暮らしている時に、今の今まで、それは貴方のポケットの中にあるだけだった」


「お前さんにはまだ分からんよ。いいか、こいつが多ければ多いほど、取引が成功する可能性が上がる。安全を手に入れるのに必要なもんだぞ」


「でも、それはポケットにあっただけよ」


 オリトの静かな怒りに、男性は静かにと息を吹きかけると、耳元に近づいてきた。


「俺が居た調達局にはまだ、仲間が多くの金を管理してる。そいつを上手く回し、武装団を滅する策を実行できりゃあ、平和はまた戻ってくる。そこで、お前さんのその“息の力”の出番って訳だ」


 オリトは後ずさり、彼に困惑の眼を向けた。

 先の話を聞けば、自分が起こした風で砂金が取れるだけでなく、職も得られると考えているようだ。そうする上で、今も北側で身を潜めて生きる同職の仲間の元へ抜け出し、共に兵達を滅する機会に備えよということだった。


「あたし……道具なの……?」


 ほんの小さな呟きは、目の前で勝手に舞い上がる男性の話し声に埋もれていった。救済のために役に立てるならば考えてもよいが、どうも自分が思い描いているそれと、男性が表現するものは比べ物にならなかった。


「貴方達はただお金を抱えているだけで、ラテガのお父さんにも、あたしの父さんにも、その家族にもスクールにも、安全を与えることをしなかった。ムワンバ達を滅するのに何を用意するつもり? それで人々は本当に幸せになれるの?」


 男性の手元に光るギラギラしたものに、オリトの気持ちは逆撫でられていく。この地に来る際に一度触れ、それを使って兵の眼を逸らすために使った。そんな自分もまた腹立たしくなる。腹のずっと奥底が、グツグツと煮えてくるような感覚だ。それを感じている最中、荒い息が熱を帯びた風が髪を泳がせてくる。


「ふさわしい使い方が、もっとあるはずよ」


 オリトは踵を返すと、その場の仕事を放り出し、男性を蹴飛ばすように乱暴に駆けた。




 独り占めにしているのではないか――激しくこぼれる息に、そんな考えが紛れ込んだ。

 決して裕福ではない環境でその日暮らしをしてきた自分と同じように、かつて一つひとつの家庭に生まれて生きた“赤空(しゃっくう)のリカオン”の兵達も、苦労していたのではないか。彼らの行動がそれを証明しているのではないかと、これまで見てきたあらゆる兵の姿が脳裏を過っていく。



 自分のような小さな存在に、何が正しいかを判断することは難しかった。ただ、金銭や武器に目を奪われる彼らからリスクの臭いが立ち込めてならず、どこまでも逃げてしまう。



 走っていると、妙な感情の渦に陥っていた。この声や息遣いの力と硬貨の力で、先ほどの男性とその仲間達は、平和を手に入れようとしている。ならば今の自分の行いは罪なのだろうか。協力すれば、多くの人を救えるのだろうか――



 ガラクタが作り出す浜に足を取られ、転んでしまった。手足首の枷の重みで、すぐに息が切れてしまう。追いかけられていないだろうかと、背後を振り返った。ところが幸い、そこには薄い砂煙が緩やかに立ち込めているだけで、誰もいなかった。その時、頭の中である声が蘇った。



“……幸せに、なってみせるんだ”



 ラテガの言葉に目を見開いた途端、そよ風にクイッと顎を上げられたような気がした。彼の声はぼやけていたが、耳の奥で大きく響いた。何が起きたのかと、しばし考えを巡らせてみると、今朝に見た彼の後ろ姿が浮かび上がった。



 オリトは両手に砂を握りしめ、勢いよく立ち上がると、服の泥を叩き落とし、そのまま海沿いに連なるガラクタの浜を歩いた。






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