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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第五話 こんなものいらない
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<1>




 兵や人々が動きはじめている。彼らの遠くからの声に、オリトの瞼が震えた。朝陽による目覚めは今や、荒々しい音の知らせになっている。



 暗い牢の中では身体の目覚めが悪かった。そこに鞭打ち、さっさと行かねばと、重々しく起き上がる。今日は大事な日で、いつも以上に怪しまれずに自然を装わねばならない。



 昨晩アシャと別れてから、すぐ眠りにつけなかった。頭の中で、何度も誰にも見つからずに移動する練習をしていた。しかし、オリトが知る限りではボートはあの一隻しかない。そう大きくはなかったが、果たして全員乗ることはできるのだろうか。そんな疑問を投げかけている場合では、もはやなくなってしまっていた。あまり眠れなかったが、絶対的な守りになる黒い布を巻いて寝たおかげで、少し心に力強さを感じる。



 冷たい風が牢の壁の隙間をすり抜けてくると、人々が箒を掃く音や、ガラクタを寄せ集める音、兵の尖った怒声が大きくなった。



 オリトは着ていた布を下ろすと、泥だらけになった寝巻のワンピースを見た。それから、両手にこびりついて取れなくなった煤や、薄皮の捲れ、肉刺(まめ)に目を這わせていく。

 汚れれば洗えるはずだった。あるいは、汚れがマシなものに取り換えることもできた。物資として回って来たものが近くのマーケットにあれば、物々交換をして入手できた。怪我をすれば野草の力に頼ることができた。



 けっして裕福でなければ、常に安全であるわけでもなかった。でも、そばで歌って共に歩いてくれる家族や隣人がおり、決まった時間だけでも広々と丘を駆け回ることができた。窮屈な感覚はあったけれど、この“先ゆく世界”で生きるよりもずっと、故郷の“追いかける世界”では生きている実感があり、“自由の鼓動”があった。


「自由のための、救済……」


 ラテガの背中に向けてこぼした言葉が、ふと頭に浮かんだ。自分が不思議な表現をするのは昨晩もだが、それ以前からもずっと、当たり前のように起きていた。鼻や口からスルスルと入り込む風が、自分の頭で考えるよりも先に言葉を巧みに編み出し、立派な布のように広がり、靡く。


「怖い……」


 ラテガが言うように、自分でも怖いと感じることがある。この地に来てから、それはより一層強まった。彼に放たれた言葉は痛いのだが、心のどこかでは静かに納得していた。

 オリトは両手で喉に触れると、昨夜アシャに言われたことを思い出す。しかしその一方で、嵩を増していく謎にも触れてしまう。そして願ってしまう。


「子どもになりたい……」


 姿や背丈だけを見れば、誰もが自分を子どもと認識できる。でも口を利けば、話す勢いを増せば、異質さを孕んだ別の自分が出てきてしまう。その理由を知るために、誰かを怯えさせないためにも、フォーティーや“神ノ樹”の元へ行きたい。と、両手をキュッと結び、絶え間ない緊張感を胸に顔を上げ、牢を出た。




 廊下に冷たい風がスゥスゥと彷徨っている。夜なのか朝なのか分からず、フラフラとしているようだった。しんとした空間には誰もいないようだが、ここにも間もなく耳障りな声や音が訪れるだろう。

 そんな環境を終わらせたい。そのために、今夜、小さいながらも大きな決断の一歩を刻んでみせる。何となく震える手を組むと、オリトは廊下を進んだ。そこへ、隣の牢の扉が開いた。



 ラテガは杖をつきながら出てくると、ふとオリトに振り向いた。目が合っても何も言わず、お互い見つめ合うだけの時間が生まれる。

 彼は昨夜の様子とは違い、鋭利な感情は薄れているようだと、オリトはなんとなく感じ取っていく。そして彼に一歩、大きく近づいた。


「貴方があたしを何と言おうと、あたしは貴方を最高の仲間だって思ってるから」


 明日か今夜か、或いはこの廊下を出てすぐにでも何が起こるか分からない。そんな地で出会った、同じ志を持つ友達。同じように鎖で繋がれていようとも、同じ重い枷をつけられていようとも、目的を曲げない存在達。


「しくじらないようにする。でもしくじったって、諦めたりしない。貴方も、他の皆も、あたしに色んなことを教えてくれた大切な人だから」


「……何だよ。静かにしろ」


 ラテガはオリトに背を向け、足早に仕事に向かった。だがふと、少し歩いた先で止まった。


「しくじれば後は無い。絶対に上手くやれ」


 失敗は許されない。それにはたくさんの理由がある。それら一つひとつが頭の中を廻りはじめた時、ラテガは無意識に口を開いていた。



 この時オリトは、ラテガの後ろ姿に首を傾げた。後に何かを呟いたような気がして、そろそろと近づいていく。だが、彼は再び急ぎ足で廊下を進んでいってしまう。その足取りはどこか力強かった。オリトは、静かに闘志を(みなぎ)らせる友達に、じんわりと笑みを浮かべた。






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