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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第四話 自由をこの手で
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<14>




         ◆



 晴れ渡った壮大な空は、指令を待つ最中に見上げていたそれとは比べ物にならなかった。心が抉られるように刻まれてしまった罪悪感やトラウマは完全に拭えずとも、兵として生きていた時よりは身体が軽く、背筋を真っすぐに伸ばしていられる。



 食べるものもお金も無い。それを生み出すための適した場所も、道具も力も持っていない。与えてもらわなければならない、私達は貧しいのだ。そう思って日々をただやり過ごしていた時期が嘘のように思えるのは、ある援助チームがやって来てからのことだった。


「貴方達は貧しくなんかないですよ。こんなに広い肥沃(ひよく)な大地があるのだから」


 遥か遠い異国の地から訪れた彼らは、平和を――安全に生きられる社会を作ろうと、本気で挑む存在だった。

 平穏な時間を生き、広々と辺りを見渡しながら、次にやるべきことを自由に考えて歩いていい。そんな信じられない、戸惑いを隠せなくなる発言をしながら手を差し伸べてきた。そして彼らは、時代に置いて行かれていると表現されてしまうような私達に、自助努力を強めるための術を与えてくれた。




 それから何日も何ヶ月も重ね、まっさらで殺風景な地面は、たくさんの作物で彩られるようになった。畑の間を縫って収穫をする人々の服は、裁縫の腕を身に着けた仲間によって仕立てられ、空間はより華やかになった。畑の外れに立つ休憩小屋は、土木の技術を手に入れた仲間が建てたもの。



 そんな夢のような光景を、兵を抜けて間もない私は呆然と眺めていた。こんなに穏やかにしていていいのだろうか。どこかでまだ、武器を手放せずにいる人がいる。それを知りながら、自分は彼らを助けに行くことができないで、ここで平和に過ごしている。過ごしてしまっている――


「やぁアシャ。たくさん穫れたね」


 慣れない言語で今日まで懸命に寄り添ってくれたのは、風のようにふらっと現れた情に厚いヒーローだった。その人は、トマトを収穫したまま働く人達を眺めていた私に歯を見せてきた。何とも言えない、愛らしい笑顔だった。そんな風に誰かに笑いかけてもらえる日が来るなど、思ってもみなかった。


「重いわ。たらふく食べられる幸せの重みってやつかしら」


「君達の諦めない気持ちが詰まってるから、かもね」


 気さくなヒーローに、私は微笑んだ。そしてまた、畑仕事や土木に勤しむ仲間達を眺めた。


「まだ夢を見てるみたい……」


 社会に戻れやしない。社会に受け入れられやしない。皆、人を殺めた元兵の私達を避ける。どこにも行く場所なんてない。ならば、また兵に戻った方が最低限の衣食住を手に入れられるではないかと、踵を返しかけたこともあった。悪に染まってしまった自分にふさわしい居場所――歪んでしまった、どこまでも深い闇が淀む世界に。



 私はいつの間にか、隣で同じようにじっと佇むヒーローに、心に濃く渦巻く感情を長々と口にしてしまっていた。話し終えてからはしばらく風の音だけが間を埋めていたところ、そよそよと、仲間達の楽し気な声や歌がしてきた。



 するとヒーローの彼は、私の話をじっと噛みしめたまま、働く仲間達を見て静かに語りはじめた。


「紛争が止まないのは、外から支援されてしまうところにある。今もそこから抜け出せない人達の目を、こちらにいる貴方達に振り向かせたくても、なかなか簡単にはいかない」


 彼の話を聞く(かたわ)ら、過去のこととは思えないほどに鮮明な記憶を振り返っていた。組織のいない外の世界に私は近づいていいものなのか、近づいてはいけないのではないかという迷いが高く立ちはだかり、てつもなく厚い壁になってしまっていた時のことを。


「あらゆる力が国境を越え、複雑に絡み合って成り立ってしまっている紛争を失くすには、山ほどの労力と時間が要る。本当は闘いを望んでいない人達に少しずつ話を聞いてもらい、少ない人数であれ確実に、貴方達のこの地へ導いていく。それを続けていけば兵が減り、グループが収縮され、安全に生きられる社会を広げられるかもしれない」


 私は、目の前に光が広々と射していながら、両腕いっぱいに作物を収穫していながらも、彼の言葉に肩を竦めることしかできなかった。


「貴方達は支援の依存から抜けることができたし、自助努力がより強くなった。元から備わっていた、その力が。なのに最初、僕ら援助屋は、その芽を摘んでしまっていた。僕らが本当は何をするべきなのか、それを教えてくれたのは貴方達です」


 おかしなことを言う人だと、私は少し笑ってしまった。でも気づけば、彼は真剣な眼差しで私を見ていた。あまりに真面目な表情で、笑いは一瞬にして風に持っていかれてしまった。


「……私や皆は、ただ貴方の言う通りにしてみただけよ。私は何も持ってなかった。貴方や、そのお仲間さんを信じる心すら」


 ところが彼は、真剣な顔を緩めると、そっと首を横に振った。


「自然と長く共に在るための術。それはもともと、貴方達皆が持っていた力です。貴方達が蒔く平和の種は真っ直ぐで、裏切ることなく豊かな緑を広げてくれるでしょう。この場所から平和が始まり、希望が成る」


 この場所から――私は心で呟くと、また、今度は働く仲間の一人ひとりをなぞるように見つめた。



 隣にいるヒーローが突如として現れた際に、話を聞くのだから日当をくれと何度も言っていた人達は、今や土木に打ち込んでいる。

 食料や資材の現物をひたすら求めていた人達は今、穫れた作物を村の奥手に住む人達へ届けに行く準備をしている。

 私達のような人間に何もできる訳がないと、負の感情をよく口にしていた人達は、ミシンを覚えて衣類を作っている。



 未だに銃の感覚が拭えないでいる私は、自分や周りがこんなにも変われるということ知り、驚きに言葉を失ってしまう。目の前で、たった今踏みしめているこの場で、のどかな暮らしを――平和を感じられている。そうなれたキッカケが、自分達一人ひとりに元から備わっていた力にあったなど、すぐには信じられなかった。


「僕らは、善と悪で貴方達を判断しようとは思わない。お金や物資で一時的に潤う平和を提供したいんじゃない。ここにいる全員に備わっている、平和を作ろうとする意志を引き出し、持続させるための手伝いをしに来た。それだけなんだ。そして僕らのゴールは――」


 彼は一度息を吸い込むと、続きをそっと紡いだ。


「僕ら援助屋のゴールは、失業すること。それは、貴方達の生きる力が根を張った時です。諦めずに向き合い、真っ直ぐに続けていくことで、大自然がきっと応えてくれると思います」


 異国の彼らがくれた言葉は不思議なもので、夢物語のようにも感じた。でも彼らは確かに、暗闇と共に淀みながら生きる私や仲間を、明るみに引き上げてくれた。そして“やり直せる自由”と“選択の自由”、“責任ある自由”を思い出させてくれた。彼らが私達にもたらした新しい始まりは、小さくて狭い村から確実に広がっていった。この、まるで戦など忘れてしまった、澄み渡った青い大空のように――






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