<12>
子ども達の小さな手を重ねると、最後にアシャは、自分の手で包んだ。そしてまずは、目を腫らしたマライカの目を覗き見た。
「マライカ、貴方は自分よりも幼い子ども達の世話ができる。よく気がつく。そうやってここから逃げずに働き、今日まで生きてきた。それはどうして?」
マライカは目を逸らした。人よりも多い指を一つ一つ触れながら、じっと考えた。だんだん思い浮かんでくるのは、ジャバリやオリトに対する強い態度や物言いだ。それが本当は酷いことだと、心のどこかで分かっていた。けれども止められなかった。自分を強く丈夫に見せて奮い立たせるためには、間違った方向へ物事を考えてしまわないためには、声や身体を使って尖って見せるのがいいと思ってしまった。そうして自分を保てたら、オリトにも伝えたようにきっと――
「“自由”を手に入れられる日が、来ると思うから……」
つい先ほどまで渦巻いていた負の感情を、細い月明かりが拭ってくれたような気がして、胸の内を素直に言葉にできた。マライカは、酷く泣き喚いた自分を振り返ると、隠れるように背中を丸めた。
「そう。そうなのよ」
アシャは言うと、小さくなってしまうマライカの背中を摩り、微笑んだ。そのまま、そっとジャバリの方を向いた。目が合うと彼は首を竦め、ゆっくりと瞬きをした。
「ジャバリ。貴方はお茶の淹れ方だけでなく、畑を作る方法を知ってる。作物の運び方も。今は砂金だって取れる。貴方の力は人の目を引き寄せるほどのものなの。足も速い。なのに今日まで、どうして逃げなかったの?」
いつでも逃げようと思えば逃げられただろう。アシャの表情がそう言っていると分かっても、それはできないと、ジャバリは首を横に振った。
「たしかにムワンバたちは、ぼくに目をひからせたさ。のうさくで、かぞくをたすけられるっていわれて、ついていった。そうしたら、みんながいた……おなじ子どもで、おなじゴールをもっているね……」
ジャバリはまた、マライカにしてしまったことをなぞるように振り返った。そして片手を引き抜き、涙を拭うと、目に力をこめて口を開いた。
「ともだちなんだ。みんな、ぼくのはじめてのともだち。だから、みんなで“じゆう”になりたいんだよ。“じゆう”になって、みんなであったかいおちゃがのみたい。コーヒーは、まめをさわったことがあるだけで、のんだことない。どんなものかもしらないんだ」
やりたいことに押し上げられるように背筋が伸びていくジャバリに、アシャは何度も頷くと、彼の肩を優しく取って微笑んだ。そして、二人が膝元で包むエシェを見下ろすと、彼女はすっかり眠ってしまっていた。
「貴方達が来て、安心しているのよ」
マライカとジャバリは、エシェの柔らかい寝息を聞いているうちにあくびをこぼし、目を擦った。アシャは、疲れを全身に滲ませる二人をもう一度抱き寄せると、二人の顔を順に見た。
「貴方達は、武器を扱う以外のやり方で人を守り、幸せにできる方法をちゃんと知ってる。貴方達には力がある。それをよく覚えておくの」
三人は互いに目を見合い、頷き合った。そしてアシャは、二人の頭にキスをすると、ゆっくりと腕を解いていく。マライカはそれに首を傾げると、アシャが中腰になるのを見て口を開いた。
「見張りをするの? それとも、あたし達といたからまた……」
それを聞き、ジャバリも顔を強張らせる。だがアシャは、相変わらず穏やかに笑い返すと、首を横に振った。
「オリトに会ってくる。エシェを頼むわね」
「オリトをどこかへやっちゃうのか!?」
アシャが立ち上がるところ、ジャバリが引き留めようとその膝に飛び掛かる。アシャは、絡みついてくるジャバリの細い腕を緩やかに解くと、しばし間を置いた。
何も言わなくなったアシャを見て、マライカとジャバリは再び不安に駆られていく。彼女は先ほどまでの表情とは違い、尖る眼差しを暗闇のどこかに向けて黙っていた。
「戦いに連れていくの……?」
アシャを揺さぶるように、マライカは頭に過ったことを重い口調で訊ねた。すると、アシャは今度こそしゃんと立ち、ゆるやかに踵を返してしまう。その背中を、ジャバリが引き留めようと声をかけた時――光の外に出てしまったアシャは、見えはしないが、肩越しに振り返るような影の揺らぎを見せた。
「今夜は眠りなさい。そして明日、夜中にここを出ると思いなさい」
二人は思わず目を見張り、アシャを呼び止めようと口を開いた。だが、扉の音がそれを跳ね除けてしまった。
「アシャは……ボートをよういしたのか……? そんなはなし、いままでしてなかった」
「あたし達がぐずぐずしてる間に動いてくれていたとしか思えないわね」
急なことで、二人は瞬きも忘れて扉を眺めていた。その間、薄明りを外れて暗闇の向こうに消えてしまったアシャの顔がどんなだったかを想像しようとした。しかし、寝心地が悪くなったエシェがぐずり始め、二人はそれどころではなくなってしまった。




