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そして、牢が並ぶいつもの建屋に入った。ずっと進めば、きっとラテガとオリトもいる。
ジャバリとマライカは互いを見合った。しかしアシャは、奥まで行かず、すぐ手前の牢に目を這わせていく。幾つか扉が開け放たれたままの牢があり、アシャは、その内の一室の前に来ると、二人の鎖を最後にぐんと引き、中に押し込んだ。その後、しばし辺りに警戒の目を配った。
訓練兵の気配だけが残っているだけで、他の部屋から誰かが監視している様子はない。
来た道を少し戻って辺りを見渡すと、ガラクタが片付いたスペースには、草木を束ねた太い的が幾つも立てられている。明日に行われる切りつけの特訓用だ。それらがだんだんと人の影を形作るようで、アシャはそっと顔を背けた。
二人が待つ牢に戻ると、アシャは肩で大きく息を吐き、足音を消して中に入った。そこには、マライカとジャバリのずぶ濡れになった大きな目が浮かび上がっていた。
アシャが扉を閉めたと同時に、縮み上がっていたマライカとジャバリが飛びついてきた。二人を抱き寄せると、アシャは何度もその背中を摩った。そして二人を座らせると、顔を上げさせた。
マライカは、アシャにどんなに拭われても止めどなく溢れる涙の中、声を放った。
「神様はもう、あたし達を許してくれないわ!」
すっかり冷たくなって震える手を握りしめるマライカの手を、アシャは優しく包み返す。それでも
「亡くなった人を大切に扱わなかったし、鉄っぽうも持ってしまった! 持ち方を覚えてしまった! あたしはもう、明日にでも人を殺してしまう! そうやって、自分だけ助かろうとしてしまうわ!」
アシャは何も言わず、壊れそうになるマライカを強く抱きしめた。そして、これまで見たことのないマライカの様子に声を失くしてしまったジャバリも、胸の中に迎え入れた。
ジャバリは、急に身体の中に滲んできたアシャの温もりに、凍りついた何かが溶かされていくような気がした。その何かが、次第に自分が手に入れたい“自由”であることに気づくと、マライカを何度も打った記憶が重なり、己の歪みに胸が張り裂けそうになった。
「ぼくもだよ……ぼくは、ともだちをもうすこしで……」
あのまま、マライカの首に手を掛けていたかもしれない。マライカに正気を取り戻してほしかったはずだったのに、一体どこから気が変わってしまったのか。いつの間にか、彼女を黙らせたくなっていた。マライカに耐えられなかったのではない。この“今”に耐えられなかった。
アシャは、二人から溢れ出るあらゆる感情を全て吸収しようと、腕に力をこめた。その間、真っ暗な空間を見つめていた。二人から放たれる負の感情が、幼少期の自分を徐々に象っていく。その姿を見れば、マライカの言うことは、自分にも当てはまることだった。
人を殺めるよう指示され、実際に人を殺めた。被害者と犯罪者とが合わさる、裏表の顔を得た。神よりもまず、共に暮らしていた村の人間が自分を赦さなかった。家族が家族ではなくなった。奇跡的に銃を手放せても、帰る場所はどこにもなかった。ある訳がなかった。自ら何かを選んで生きるという“自由”や“幸福”なんて、どこにも無かった。放浪してしまうそれこそが、神に与えられたものなのだと悟った。でも、違った――
「世の中には、善か悪かだけで人を判断しない人もいる。私はその人から得たものを、生きている限り広めていきたい。だから今、貴方達に話しているの」
二人が洟を啜る音が落ち着いていくと、気を紛らわせるような幼い声が響いた。エシェの存在に気づいた二人は、辺りを見回す。その時、壁に据えられたベッドが見えてくると、そこで小さな瞳がキラリと光った。あんなに騒いでいたのに、エシェは泣かずにずっと見守っていたようだ。
アシャは二人を促すと、目を見開いて大人しく座っている娘を抱き上げ、マライカに抱かせた。そして追いついたジャバリにエシェの毛布を渡し、彼女を包むよう頼んだ。
二人は自然とエシェと寄り合うと、そこからじんわりと広がる温もりに息を吐いた。
子ども達の姿をしばし眺めていると、アシャはじりじりと目を逸らしていく。そして、細い薄明りの柱を辿るように視線を上げていくと、鉄柵の小窓の遠くから覗いてくる月を見た。
「こっちに来て」
アシャは子ども達を少しでも明かりの方へ導き、そこで身を寄せ合った。そしてマライカとジャバリの背中を包むと、静かに口を開いた。
「貴方達だけでなく、遠い国に住む子ども達も含めて皆、傷つけられるべきでない宝であり、大切な未来よ」




