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マライカはジャバリを連れ、足を忍ばせながら、しかし急いで武器庫に向かった。じきにエシェのぐずりが聞こえると、こっちだとジャバリを促し、薄い砂煙が漂う通路を駆けた。
二人は狭い小部屋を覗くと、そこにはくしゃくしゃになったシーツがあり、その上でエシェがすんすんと洟を啜りながら座っていた。
マライカは抱えていた銃を咄嗟にジャバリに押しつける。ジャバリがまた一丁を落としかけていることなど気にも留めずに、エシェに駆け寄った。
エシェをすぐさま抱き上げると、その股は濡れていた。替えの服がすぐに必要だと、マライカは辺りを見回すが、この兵士の待機部屋などに、適した衣類があるはずもなかった。そこで、その場の古びたシーツの端を掴むと、大きく引き裂き、エシェの履物を取り換えにかかる。
「マライカはやくしろよ!」
ジャバリが二丁の銃をどうにか支えながら声を絞り出すも、マライカは見向きもしない。その時、後から追いついたラテガが、ジャバリの腕から今にも落ちかかる一丁を預かった。
ラテガの早い杖の音を追いかけるように、ジャバリは隣の武器庫へ急いだ。
空いたままの戸口に二人が辿り着くと、しばしの間、まばたきを忘れてしまった。このような部屋に入る日がいつか来ると思っていたが、まさかこんなに早いとは予想だにしていなかった。
「適当に置け」
扱い方はまだまだ詳しくない。仕舞い方を教わっていない以上、見様見真似で他の武器と似た置き方をしては危険だと、ラテガは早口でジャバリに指示をし、空いた棚を叩いた。ジャバリは素直に頷くのだが、視線はどうしても、周辺に立て掛けられたあらゆる武器に持っていかれてしまう。そして、それらにまとわりつく恐怖から、この先で起こりうる出来事を想像してしまい、手足が冷たくなりはじめた。
訓練場で大声を出しながら、自分は何をしていたのか。こんな巨大な鉛を無理矢理抱え、何をしようとしていたのか。隣にマライカがおり、目の前にアシャがいたから、どうにかその場をやり過ごせただけだった。それに気づいてしまった今、泥だらけになった服を掴む両手がどんどん震えていく。
「ぼく……人ごろしなんかいやだっ……」
ジャバリが肩をガクガクさせながら小さく呟いたのを、ラテガは聞こえなかった訳ではない。ただ、すぐに言葉を返す余裕がなかった。
ラテガもまた、辺り一面が武器に覆われた部屋に目を奪われていた。視線は乱雑に並ぶ銃器を這い進んでいく。そして、大きな二丁の裏側にぽつりと影が見えた。目を凝らし、そこに手を伸ばしてみると、小さなピストルが寝そべっていた。見慣れているそれは、どの兵が持っていたかは覚えていない。しかし、比較的多くの場で扱われていたものであることは確かだと、記憶を重ね合わせながら眺める。
くるくると回る装填部分から発射口まではとても短く、重さは想像していたよりも少し重いくらいだ。弾は既に込められているのが見て分かる。ムワンバや副官達の手つきを思い出しながら、その取り出し方を探ろうとした。ところがそんなに時間をかけずとも、弾の近くに仕込まれた前後に動くパーツを操作することで、あっという間に、五つの弾が入った筒状の部品が飛び出した。そして、それらを一つずつ静かに抜き取ると、ポケットに仕舞った。
そこでようやっと、ラテガはジャバリを振り返った。彼はすっかり足が震え、地面に根付いてしまっている。その横を静かに通り過ぎると、部屋の戸口で止まり、そこでもう一度ジャバリが口にしたことを頭で聞き返した。何度も同じ線をなぞるように、当たり前の感情を繰り返し聞き続けた。その言葉は次第に太い枝のようになり、手元に収まるピストルを強く握らせてくる。まるで、この身を支えてくれる杖そのものに思えてならず、そっとポケットの奥に忍ばせた。
「……それを言ったら、その場で終わるぞ」
逆らう者に未来はない。そうされてきた人達を何度も見てきた。強固な仲間を揃えるために、組織は人間を歪な篩にかけ続ける。
その光景を振り払うように、ラテガはジャバリを振り返った。ジャバリは、ただ静かに佇んでいるだけの武器の風格に、まだ脅されたままだった。そんな彼に、ラテガはほんの少しだけ近づくと、淡々と口を動かした。
「従うんだ。それに、お前にまだそんな命令が下りるもんか」
「でも、いつかは!」
ずぶ濡れの顔を激しく向けてきたジャバリの腕を、ラテガはあっさり掴んで引き寄せた。そして部屋の外に半ば投げやるように押しやると、マライカがエシェを抱いて隣から出てきた。マライカは、廊下の壁にふらふらとぶつかり、うつむいてしまうジャバリを見て、目を尖らせる。
「……何泣いてるの? しっかりしなさい。この後まだ、連中と顔を合わせなきゃいけないのよ」
そんなマライカの声もどこか震えているような気がして、ジャバリは一向に涙を吞み切れなかった。頭には、これまで目にしてきた残酷な争いの様子が勝手に流れてくる。この場にこびりついた硝煙や鉄の臭い、未だに聞こえてくる訓練場からの太い掛け声に、ついつい床に目を逸らし、耳を塞いでしまう。
だがラテガは、それでもジャバリの首根っこを掴んで頭を上げさせた。
ジャバリの目に、その場の皆の顔が飛び込んだ。そしてマライカの後ろから、オリトが走ってくるのが見えた。不安を滲ませたオリトに見上げられると、また目を逸らしてしまいそうになる。だが、ラテガの手はそれを許さなかった。
「前を向かないと生き延びられない。戦いの場で一回でも、だれかが下を向いているのを見たことあるか?」
「ぼくらは下をむいてりゃ、しごとを見つけられるっ! それに、これからいかされるところの下には、ここよりも人がゴロゴロたおれてるっ! マライカだって、へいきなもんか!」
マライカは赤らんだ目を見開くと、歯を食いしばり、更にジャバリを睨みつける。
「あんた、あたし達の目的をわすれたって言うの!? だれも死なないために、今は鉄っぽうを持つしかない!」
鋭い声にエシェが怯むと、マライカの上下する肩にしがみつく。そして、ヒリヒリとした空気をどうにか鎮めようと、服の生地を握りしめた。
それを見かねたオリトは、ふううっと、エシェに向かって細く息を吹きかけた。熱が籠った嫌な空気が、スルスルと建屋の隙間からすり抜けていくような気がして、エシェは、まるでその動きを探るように視線をあちこちに向けた。
ひんやりとしていくその場は、少しばかり緊張が拭えたように思うと、オリトは、マライカとジャバリの間に割り込み、二人を見つめた後にラテガを見上げた。
その視線を受け止めたラテガは、ジャバリを放すと、改めて彼の顔を覗き込む。
「どこかできっと、幸せになる。なってみせるんだ。そのために必要なことを、今、どんなことであれやり通せ」
ラテガはジャバリに告げると、そっとオリトに向き直り、静かに付け足した。
「アシャのようにな」
陽の光が味方をしてくれない中、オリトは不思議と、ラテガの言葉が灯のような温かさをくれるのを感じた。色々な顔や声を持つラテガは、アシャとよく似ていた。




