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「富は、自由は、待っていて得られるのかァ……?」
風が巻き上げる砂の音にも負けず、ムワンバの問いかけは一帯に広がった。
「いいえ!」
一兵が声を上げると、追いかけるように他の兵の声が合わさっていく。
「ただ指を咥えて、与えられるのを待つのかァ……?」
ムワンバは最前列の兵の顔を、鼻がつくまで覗き込む。
「いいえっ!」
その兵が大声で返すと、ムワンバは片眉を上げた。
「ならどうする?」
「う、奪います!」
僅かな詰まりを惜しむように、その兵は顔を歪めた。だがムワンバは、表情を変えずに続ける。
「どう奪う」
訊ねられると同時に吐かれた煙が颯爽と風に拭われると、目の奥までを覗き込んでくるような最高司令官の眼差しに、兵は言葉に詰まってしまう。が、間髪入れずに脇にいた副官が放った。
「奴らが我々にしたようにです!」
その声に呼ばれるように、訓練場の外から二人の兵が、何かを引きずりながらやって来た。鎖がぶつかり合う音に紛れて聞こえてくるのは、乱暴に扱われた衝撃に痛みをこぼす二人の奴隷だった。
「そうだァ、奪い取れェ! されたようになァ!」
「はい!」
ムワンバの太い声に、隊列を組んだ兵達の声が続いた。それに瞬く間に埋め尽くされるように、その場に連れられた標的の二人の悲鳴が消えていく。
「仇を取れ!」
「はい!」
「国は我々のものだ!」
「我々のものだ!」
副官の掛け声が続く最中、アシャは、遠くから貫かれるムワンバの眼光に目を細める。沈黙を破るよう促してくる目は、どこか苛立ちを含んでいた。だが、それでも表情を変えず、ムワンバからするりと視線を逸らすと、マライカとジャバリをそっと見ては、一声を上げた。
「“自由”を勝ち取れ!」
勝ち取れ――と、他の兵達も流れるようにレスポンスをした。そんな中、ジャバリは目の前で何かが砕けるのを感じた。風が流れるように、さっと見えなくなったアシャの表情は、確かに笑っていた。
そこへ、マライカが肩を掴んできた。ジャバリは振り返ると、そこには涙を堪えるマライカがいた。彼女は黙ったまま大きく頷くと、重すぎる鉛を胸から引き剥がすようにして、頭上に掲げて見せた。
「勝ち取れっ! 勝ち取れーっ!」
マライカが足をふらつかせながら叫んだ。その横でジャバリも同じように銃を掲げ、声を張り上げる。
二人の勢いを増した声を制することなく、アシャは指導兵としての態度を変えないまま、彼らの向きを翻した。そしてその背中を押し、足早に訓練場の外へ追いやっていく。途中、別の指導兵と目が合い、足止めをされかけたものの、最初の訓練だからという適当な理由で、どうにかその場を交わすことができた。
牢獄が並ぶ建屋に入るも、まだ油断はできなかった。アシャは、二人の腕を乱暴に掴んで引き摺った。そして、訓練場から更に遠ざかった時、スコールのような銃声が建屋を揺らした。
マライカとジャバリは悲鳴を上げ、耳を塞ぐ。アシャはしゃがむと、銃声が轟く中で二人を抱き寄せた。そして顔をようやく合わせると、笑いかけた。
「私の声が、よく聞こえたわね」
耳を塞ぐ手を優しくすり抜けてくるアシャの声は、胸の奥底に淀んだものを一気に流そうとしてくる。
「うらぎられたとおもったじゃないかっ……」
「ごめん」
アシャはジャバリの頭を撫でると、マライカが目を拭って言った。
「私はそんな風に思わなかった」
強さを無理やり引き出すマライカの頬に、アシャはそっと手を添えた。
「ありがとう」
やがて銃声が止み、三人は口を止めた。アシャは立ち上がると銃を構え直し、二人が抱えていた二丁を拾い上げる。その時、何かの気配がした。
硝煙の臭いが立ち込める中に紛れる、濃い潮の匂いだ。この煙たい空間に、一体どうしてその匂いが強く真っ直ぐ吹き抜けてくるのか。アシャは鼻をひくつかせると、ふと、横を振り向いた。見ると、人々や子ども達がガラクタ清掃をする広間に、二つの影がチラついた。
「オリトのやつ、ラテガといたのか」
ジャバリが、戻って来る二人を見るなり小さく安堵する。ラテガが手にする食料袋はほどよく膨らんでおり、オリトの足には足首までが覆われた、少し大きめのボロの靴が履かれていた。
そこへマライカが、アシャの服の裾を引いた。
「それ、もどしてくる。だから行って。いつまでも私達といちゃ、また何をされるか」
アシャは、間もなく追いつくオリトとラテガを見てから、来た道を振り返った。硝煙が淀んだ通路には、誰の気配もなかった。
「訓練場の真裏の小部屋にエシェを寝かせてある。お願い。武器庫はその横」
アシャは早口に伝えると、ジャバリとマライカの銃を託した。そして、少し距離を置いたところで立ち止まったラテガと、彼よりもうんと前に来て真っ直ぐな瞳を向けてくるオリトを見た。
「間もなく食事が要る。いつものところへ運んで。それから、あの二人の分は取っておかなくていい」
ラテガは、兵に染まるアシャの冷ややかな表情に目を細めると、長い距離を歩いた後の身体に鞭を打つように杖を出し、無理やり歩幅を広げた。
「アシャ、どうしたの?」
オリトは、アシャから立ち込める違和感をそのまま口にしてしまった。しかしアシャは、答えるどころかオリトの腕を急に掴んできた。
「あの子にはついて行かないで、言われた場所で働きなさい。あなたは他に目をつけられてはいけない」
オリトは戸惑いに胸を打ち、眉を顰め、アシャの冷たい目を覗き込もうとした。だがアシャは、あっさりとその場を立ち去ってしまい、もうこちらを振り向いてはくれなかった。
その場には焼け焦げた臭いが渦巻いたままで、風は一向にそれを拭おうとしない。まるでそのまま、不快感が胸の中で渦巻いているのを煙が映し出しているようだった。
「あなたは誰……」
オリトは、建屋のずっと奥に淀む暗闇に姿を消したアシャに向かって、ぽつりと訊ねていた。




