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アジャニとバカリは一度、橋を渡ってすぐのとある廃墟で下ろされていた。少し先には、また別の馬車がった。そこでは鉱員と見られる格好をした数名が、プラケースや木箱にまとめた発掘調査などに使う道具を、何往復もしながら積み込んでいた。
その彼らを見て、バカリは僅かな希望を見出し、目を見開いてアジャニの背中を引き寄せる。
「見ろ、山の奴らだ! 戻って来られるってことだ」
忙しない相棒の声に、アジャニも向こうの彼らを荷台越しに覗く。確かに一度ここに下山してきているようだが、帰宅がそんな単純なものだろうかと小首を傾げてしまう。
「そんなにじっと見るな。行くぞ」
アジャニは素っ気なく廃墟の奥に進むと、バカリは慌ててその後を追った。
暗闇に包まれた空間に、二人の歩く音が響いた。ここで何をさせられるのかと胸を騒つかせながら、アジャニは背後に兵がいないことを確かめると、声を潜ませた。
「忍耐強いやつは熟した果実を食う、ってやつだ。期待するなとは言わないが、目を輝かせすぎると企みがバレるぞ」
そう言ってバカリを振り返ると、その胸に指を突き立て、目を合わせる。
「まずはそこで生き続けることにだけに専念する。それだけだ」
二人が見合っていた直後――入って来たドアが蹴破られた。同行していた兵が目を細めると、首だけで二人を急かした。
兵は二人のそばを通り過ぎると、間もなく目の前の木造扉も乱暴に放たれた。その途端、アジャニとバカリは異臭に鼻を突かれ、眼が眩んだ。既に嗅ぎつけていたとはいえ、これほどまでに濃く流れ出るように漂うなど思いもしなかった。奥からは呻き声や、力ない怒号が聞こえる。また、アジャニの足元に何かが滑るようにして倒れた。
「積め」
通りを塞ぐようにして寝そべったのは、既に息絶えた者だった。アジャニは一度深く呼吸をすると、その身体をそっと起こした。遺体の胴体にいくつかの銃創があり、服装や肩に下げている銃からして、この地域の北寄りで見られる武装団の一人と見た。
同じく辺りの人々を見回したバカリは、ここに来る前に情報屋から耳にした、襲撃の話を思い出していた。
「“リカオン”が先回りしたってことか……」
その声は、この場にひっそりと響く微かな息遣いに重く沈められていった。バカリは、アジャニの視線だけの揺さぶりを受けると、ようやく重い足に鞭を打った。じきに訪れたスコールの臭いと湿り気で、空気は更に不快さを膨らませていった。
吐き気が込み上げるのをどうにか抑え、二人は中の複数の遺体を荷台へ積み込んだ。弱り切った労働者は鎖で繋がれ、兵に誘導されていく。
二人は地面のぬかるみに目を落とさざるをえなかった。積み込みが終わるまでの僅かな時、幸いにもスコールは優しい霧雨に変わってくれ、柔らかな風が、この場の臭いを遠くへ拭おうとする。
ふんわりと肌を撫でる風が心地よく、アジャニはどこか懐かしさを覚え、空を仰いだ。
何層にも嵩張る雲を掻き分けるようにして、細い陽射しがこちらに手を伸ばしてくる。薄い光だというのに目が痛い。しかしその痛みは、決して不快ではなかった。ジリリとさせてくる一瞬の焼きつけ――ひと摘みほどの幸せの焼き印を押されたような、そんな感覚がした。
そこへ、足音がした。水を含んだ土が跳ねる音がどこか力強く聞こえると、アジャニはその方向を振り見た。先ほどまでいなかった兵がこちらに近づいてくる。しかし、そこから醸し出されるのは厳めしさや歪みなどではなかった。彼を見れば見るほど、アジャニの瞼はじわじわと開いていく。名も知らないその兵は、かつて、故郷のマーケットで見かけたことがある男だった。
銃など不釣り合いな彼は、それを脇に抱えたままアジャニを見つめる。そして、後から顔を上げたバカリにも視線を這わせた後、荷台の作業に集中する他の兵達を覗ってから、静かに訊ねた。
「アジャニ? 電工の」
目を見張るアジャニを見て、男は彼をそうだと察すると、再び兵に目配せしては、声を出すなと手だけで二人を制した。
「“皆、生きてる”と、金髪の少女が」
アジャニは目の周りが焼けるようだった。それを抑えようと唇が震えるのをどうにか隠す。と、伝言を終えた彼はすぐさま表情を変え、二人に銃を向けると、荷台に乗るよう促した。
持ち場の見張り役を全うしているように見せかけながら、その彼は、荷台に乗り込んで顔を出す二人に、もう一度横目を向ける。その時、バカリがすかさずアジャニを掴み、小さく声を荒げた。
「お前は下りろ! いつ戻れるか分からないんだぞ!?」
「下りりゃ死ぬんだよ」
アジャニは静かに言い返すと、相棒の腕を振りほどいた。そして、兵の彼に首を横に振ると、そっと笑い返した。
「助かった。またその子に会っても、俺のことは言わなくていい」
鞭の音が弾けた。横を向いたままの彼が、なんとなく頷いたように見えた時、アジャニはもう一度天を仰いだ。そこにはもう、雲をこじ開けてこちらを見ようとする光はなかった。なかったのだが、細く吹きつける風の柔らかさはいつまでも続いており、それにどうしようもない寂しさが込み上げてならなかった。
相棒が沈むように小さくなっていく。バカリは言葉も出ないまま、アジャニの丸い背中に手を置いた。
【ことわざ紹介①】
「忍耐強いやつは熟した果実を食う、ってやつだ」
→忍耐強い者は、熟した果実を食べる
日本語の「果報は寝て待て」と似た表現で、焦って捥ぎ取っても美味しくはなく、食べ頃をじっと待てる人がその美味しさを知れるという意味です。
※本編終了後のあとがきでも紹介中。




