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建屋の中は暗い洞窟のようで、今は外から僅かに射す光だけが頼りだった。人が密集したことで臭いが満ち、食事のニオイとごちゃまぜになり、オリトは思わず息を止めてしまう。
食器やテーブルと椅子も限られており、見かけた大人達の殆どが地面で小さくなって食事をしている。何かを夢中にむさぼる様子は、ようやっと食べ物にありついたと言わんばかりのもので、野犬のように思えてしまう。
壁に座り込んでいる誰かを見ると、足元には固くなったパンがあり、手元の器には、具の無い鍋底のスープを寄せ集めたような汁が揺れている。
オリトの視線に気づいたその人は、キッと睨みつけてはそっぽを向き、自分の食事を隠すと、向こうへ行けと宙を払った。
オリトは目を逸らすと、数少ないテーブルにつく大人がいた。服装からして兵なのだろうが、昨夜に遭遇した彼らとは違い、圧力を感じない。食事は壁際の大人達とは違って質がよく、湯気も立って香りがする。鶏肉や、ひょっとするとヤギ肉もその皿にあるのかもしれない。
目の前になんとなく広がる真っ直ぐな通路が、人々の差のようなものを表していた。オリトはそこにしばし立ち尽くし、顔を歪めると、目だけでマライカ達を探した。呼べば手っ取り早いだろうが、それをすることで風が舞ってしまうというよりも、別の危険を感じてしまう。そう感じては、口を閉ざしたまま、そろそろと自然と出来上がった通路を進んだ。
すると、目の前にジャバリが見えた。彼が足早にやって来たそこには、壁沿いに長いテーブルがあった。その上に並ぶ様々なカップから湯気が立っている。彼の身長だとまだ少し高いくらいだが、慣れた手つきでそれらをプレートに乗せている。
「手伝う」
オリトは言いながらジャバリに駆け寄ると、彼は驚いた。そして、コップの最後の一つを乗せながら辺りを見回すと、またオリトに向き直る。
「いいって。それより、もうくったのか?」
オリトは首を横に振ると、カップが乗った不安定なプレートを支えた。ジャバリは少しバランスを整えると、訊ねた。
「くってないの? はやくしろよ。だれかによばれてたのか?」
「父さんに伝えてほしいことがあったから、表の人に頼んでた」
ジャバリは耳を疑い、思わず大口を開いてしまう。
「バカだな! ほんとバカだよ、おまえは。どいてくれ、おこられる」
オリトがまばたきするうちに、ジャバリは狭い通路をグイグイ抜け、その奥に続く別の入り口に姿を消してしまった。
見つけたと思えばまた急に取り残されてしまったオリトは、ジャバリがしていたことが気になり、テーブルを見上げた。背が低いせいで、その上に他に何があるのかは分からなかった。だが、お湯を扱っているのはここだけで、空気がほんの少しだけ暖かく感じた。他のところよりもずっといい香りがするテーブルには、もしかするとお茶があるのかもしれない。そう思うと、オリトはますます背伸びをしてしまった。
そうしていると、コソコソと話し声がした。オリトは振り返ると、それはだんだん、聞き覚えのある声になっていく。そして、先ほどジャバリが覗っていた所を探ろうと、くるりと振り返った。すると、壁の隅に集まるマライカと、木箱に座るラテガが見えた。
彼らが居るところは入ってすぐの隅だったが、この場の様子に気を取られ、気づかなかった。オリトは来た通路を戻り、静かに脇に逸れていくと、二人にそっと合流した。
二人はオリトに向くと、マライカが自分の場所と入れ替わろうと手前に動いた。オリトは壁とマライカに挟まれるようにして座ることで、ここに自分がいることが辺りに気づきにくくなった。
「何してたの? そんなんじゃうえ死にするわよ」
マライカは言いながら、服の大きなポケットから隠し持っていたパンを取り、オリトに差し出した。大きなパンは少し柔らかく、オリトはしばらくそれを見回してしまう。
「早く食え」
頭の布を解いて被せていたラテガは、そこにうつむいたままオリトを急かした。
オリトは、ジャバリが扱っていたものよりも大きなカップに口をつけるラテガを見ながら、パンをちぎり、長々と噛み続ける。彼の手元からは、家で食べた鶏肉のスープに似た香りが仄かに漂った。また、地面には蓋が開いた缶詰もあった。イワシに似た魚と、トマトのソースが和えられた豆が入っている。
「ジャバリの分もとっておいてよ」
マライカが豆の缶詰を手に取りながら一声かけた時、オリトの手が止まった。そして、両手の大きさを少し上回るパンが一人分の訳がないだろうと、後からラテガに言い足された。
「……それで? アシャにはもう会えないかもしれないってこと?」
マライカの小声に、オリトは思わずパンを噛むのを止めた。自分がここへ来るまでに、二人は何かを話していたようだ。
ラテガはスープをもう一度口に含むと、それを地面に置き、オリトの方へ寄せた。相変わらず目を合わせてくれないまま、オリトはそのカップを覗くと、中は半分ほど残っていた。カップに触れると、冷えた指先がじんわりと逃げていく。
「いや。けどムワンバの護衛をしてるのに間違いない」
「エシェは一緒だったの? なら、そんな仕事できっこない!」
マライカの焦る問いかけに、ラテガは微かに頷く。そして、首にかけたままの布を頭に巻きながら、左膝を肘に前屈みになると、声を潜めた。
「一瞬だった。わざわざ俺に身体ごと向きをかえて歩いた。エシェを抱いたまま、アサルトを握る指先が何度か動いた。安心するようにっていう合図だった」
マライカの凍りついたような眼差しから、ラテガは一度、周辺に目を配る。そして、誰もこちらを見ていないことを確かめると、更に身を屈めた。
「会えることは会えるだろう。ただ、これまでのようにはいかねぇってことかもな」
「じゃあ、助けるのはどうするの?」
不意に転がったオリトの声に、ラテガとマライカが目を剥いた。
「助けなきゃ。だってマライカ、あなた言ってたじゃない――」
マライカは力強く息を吐き、オリトの口を覆った。その強張る顔に、オリトはしばし目を見開くと、そろりそろりと、ラテガの顔を覗った。彼もまた張り詰めた表情で、眼差しがだんだん尖っていく。しかし、そのままそっと顔を背けると、溜め息を吐いた。
「また話してやる。だから、今は黙ってろ……」




