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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第三話 あたらしい仲間
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<13>




 どこへ行ってもガラクタ集めなのかと、オリトは得意気に地面を掃き散らしていると、マライカに手を止められた。そして、独りでぬかるみに入っていくジャバリの手伝いをやってみろと、場所を替えられた。



 ジャバリの手足は黄土色になりつつあった。ガラクタに紛れていた盥を上手く使い、泥を(すく)うと、中の泥砂をゆるゆると泳がせながら、水に目を凝らしている。そんな姿を見るのは初めてで、オリトは首を傾げた。ジャバリはしばし水を睨み終えると、(たらい)の中を空にし、また新たにその中に泥砂を掬ってを繰り返していく。


「ゴールドって何?」


 オリトの声が聞こえていないのか、ジャバリは下を向いたまま、川をそろりそろりと慎重に歩き、そのまま背中を向けてしまう。なのでもう一度


「ゴールドって、なーにっ!?」


 ピンと張り上げた声はその途端、強い風を招いた。周辺を細かく、ガタガタと揺らしはじめたかと思うと、子どもの手だけではびくともしないガラクタというガラクタが、ぐわんと寝返っては砂地に乗り上げた。それに続くように、次々とトタンや木材、プラスチック容器といった細かいものは頭上に舞い上がってしまう。それらは雨の如く乱雑に地面を叩き、この一帯は悲鳴交じりの短い声で弾けていった。


「やめろよオリト! って……うわあ、すげえや!」


 ところがジャバリは、泥だらけの顔に目を丸くする。先ほどの大風が、地上に厄介なガラクタを運んだおかげで、川が少しばかり広くなっていた。


「ちょっと何すんのよ! こっちを手伝って!」


 マライカは、掃き仕事を増やされた苛立ちをオリト達にぶつけた。その最中、ペットボトルが彼女の頭をコツンと()った。



 オリトはマライカを振り返ると、すぐまたジャバリに向き直る。大掛かりな仕事が片付いたことにまだ驚いているようだったが、オリトはじっと彼を見つめたまま、質問の答えを待ち続けた。

 ジャバリは、(くわ)を左右にゆるゆると動かしながら導線を作っていくと、オリトの元にやって来た。


「ゴールドってのは、ざいりょうだ。ムワンバたちが、くびとか手につけてるような、キンキラしたやつになる。もちろん金にもなる。ほかのくにのやつらだってほしくなる、とくべつなやつだ」


 そう言うとジャバリは、空の盥をオリトに見せる。彼は盥の隙間に残った砂を指先で引っ掻き、指の腹と腹を擦り合わせたところをじっと見つめた。それにオリトは、どうしても首を傾げてしまう。


「変よ。お金も、ムワンバがつけてるあれも、もっと大きい」


 するとそこへ、マライカの手がオリトの首根っこに伸び、オリトはがくりと後ろに引っ張られた。


「早くここをそうじして! ぶたれる!」


 オリトは言われるがまま、されるがまま、マライカの方を振り返った。そこには、先ほどまでなかったゴミが散ばり、壁で動かずにいた人々が箒や手を動かしはじめている。


「あいつらがウロウロする場所に、つまずく物があっちゃいけない。その声の出し方、どうにかなんないの?」


 オリトははっと、口を覆った。聞きたいことで頭がいっぱいになり、大事な約束をすっかり忘れていた。

 その時、足音が近づいてきたかと思うと、ムワンバの部下の一人が巡回に来た。辺りの信じられない散らかりように、その男は顔を歪める。


「あいつ、こっちにきてるんだ……だれかが山におくられるのか……」


 ジャバリの小声に、オリトがくるりと振り向いた時――男はロングナイフを抜き、辺りの者達が悲鳴を上げた。


「風のせいよ、さっきの」


 緊張に満ちた声でマライカが言い訳するも、男は一度彼女を横目に見、構わずオリトに近づいていく。

 オリトは男の影にすっぽりと覆われると、男はロングナイフをその細い首に突き立てた。オリトは息を呑むが、男から視線を逸らさなかった。


「隣にはいつも死がある。ゴロゴロとな。お前は後に武器になる。その息遣いを見せびらかせば、敵にカードをさらすも同然だ。慎め――」


 ふっと、刃の風にオリトは目を瞑る。瞬く間に奔り抜けたそれに、何をされたのかは分からなかったが、男が引き返すと同時に、右耳から微かな痛みが押し寄せてきた。触れた指先に、僅かな血が付着したのを見た途端、息を吸い込み、足先から全身に震えが迸った。


「耳がついていてよかったと思うのね」


 マライカが淡々と言うと、手早く仕事に取り掛かる。他の者達は、オリトなどまるでいないかのように、見向きもせずそれぞれの持ち場に戻っていった。



 オリトは唇を中にぐっと引き込み、痛みが引き連れてくる涙を堪える。その傍ら、肌を刺すような風に身を窄めると、聞き覚えのあるリズミカルな音がした。


「……ファラス?」


 呟くと同時に(いなな)きがすると、(ヒヅメ)の音が遠ざかっていく。それにじっと聞き入っていると、隣にジャバリがやって来て、視界に何度か手をかざしてきた。


「しっかりしろ。そんなんじゃ、ほんとうにころされるぞ」


 その顔には少しだけ恐怖が滲み、強張っていた。しかし、彼はあるものを摘まんでオリトの前で小さくくるくると回して見せる。そこには、ほんの小さな金色に鈍く光る粒があった。


「これでもデカイぜ。さがしてみろよ。そして金にして、ざいりょうをあつめるんだ」


「……材料?」


 オリトの問いかけに、ジャバリは小さく頷くと、その砂金を大事にズボンのポケットに仕舞った。


「さっきの男は、ばしゃのやつだ。きまってるんだ。うまをあやつれる人なんて、そんなにいないからな」


 ジャバリが言いながら箒に持ち替え、マライカ達の仕事に合流していくところを、オリトは足早に追う。


「何でそんな人がここにいるの?」


 先ほどよりもずっと小さく、注意深く声を潜ませて聞くと、ジャバリは見向きもしないまま静かに答えた。


「山へいくからさ。そこにもしごとがある。ゴールドをほるしごと。ほかの石もあるかもしれないけど。でも、そこへいった人は、だれももどってきてない」


 ジャバリは言うと、棒立ちになるオリトに眉を寄せ、聞くのはいいが手を動かせと仰いだ。

 オリトがやっと箒をゆるゆると動かしていると、マライカが近づいてきた。二人のやり取りを小耳にはさんでおり、彼女はオリトの耳元に顔を近づけた。


「すてられるのよ。使えないって思われれば」


 オリトはゾッとし、彼女を大きく振り見た。マライカの力強い目つきを見れば、嘘などないとすぐに分かる。


「あんたは特別だから、きっと大きなことをやらされる。あんたがそれにどうこたえようと自由だけど、死んだら意味がない。生きてなくちゃ」


 マライカは少しうつむくと、何かを思い出した様子で、そっとオリトに向き直る。


「どんなにえらい人間をリーダーにしたって、戦争は何もかもうばっていく。積み上げてきたものなんて、すぐ消えてしまう。初めからなかったみたいに。そんなことでは、“自由”になれない」


 マライカの目は赤らみ、じわじわと濡れていく。オリトは、彼女の茶色い瞳に自分の顔を見た。揺るぎない眼差しは、ジャバリに潜んでいた恐怖と同じものが少しだけ混ざっているようだったが、それを上回るほどの強さも感じた。


「アシャもラテガも、あたしも何回も死にかけてる。死ねばよかったかもね、こんな人生が終わるんだから。天国の家族にだって会えるかもしれないしっ……」


 その言葉が引き寄せるように、オリトの中で、母や兄姉(きょうだい)、父の顔が重なった。唇を強く結んで震えるマライカを前に、オリトの目もじんわりと熱くなっていく。


「地震と鉄っぽうに連れていかれたっ……きょうだいも生きてるか分からないっ……」


 でもねと、マライカは箒を握りしめる。


「アシャはまた兵になってしまったけど、そこを出た先の“自由”を知ってる人なの。だから何でも教えてくれる。可能性も。それがすごくかっこよくてステキ」


 マライカはやっと、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「そんな風になれるなら……自分で何かを選んで生きていいなら、生きてみたくなった。もっと色んなものを見たいし、やってみたい。それに一番は、アシャに“自由”を返したい。ラテガとジャバリと、この手で」


 静かで、ゆっくりだけど、私達は戦っている――現況に抗おうとするマライカの熱意が、オリトの身体を包み込むようにして温めていく。そして


「あたしもやる」


 オリトが自ずと口走った時、目を拭うマライカのそばにジャバリが駆け寄ってきた。


「じゃあ、かぜもちゃんとみかたにつけてくれよな」


 その時オリトは、辺りの散らかりようを見回し、声をどうにかしろと言われてきたことを思い返した。

 生まれ持った声が招くものについて、これまでじっくり考えたことなどなかった。自分の声によって何かが起こるからといって、私物を(さら)すように扱ってきたつもりもない。しかし周りは、自分を特別な目で見、特別な表現をしてきた。こちらの気持ちや考えなど聞こうともしないで。

 時に避けられてきたもう一つの自分が、今、こうして求められている。それにどう応えるかも、今は自分で決められる。オリトは視線を左右させるのを止めると、二人を見上げた。


「わかった」






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