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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第三話 あたらしい仲間
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<12>




         *



 (くす)んだ空気を漂わせる“先ゆく世界”は、太陽も忘れて薄暗いままだった。

 オリトは、どこかから立ち込める黒煙の臭いに鼻をマヒさせられそうになりながら、マライカとジャバリに手を引かれ、牢を出た通路を歩いていた。



 ジャバリをはじめ、皆が顔を歪めると同時に咳き込んだ。何かを焼いて炭にしているようなものとは違う。マライカは目を細めると、正面突き当りの棟の窓から炎を見た途端、先を歩くジャバリの目を覆った。そしてオリトの手を更に引くと、いそいそとその棟の中を曲がり、窓を過ぎた壁沿いを少し駆けたところで止まった。


「……やっとやいてるんだ」


 目を覆われながらも何かを察したジャバリが呟いた。何が焼かれているかは分かっていた。ずっと前から気になっていたことで、今日まで淀んでいた腐敗臭がようやくなくなると思うと、ホッとする。



 マライカはそっと息を吐くと、その場で目を閉じ、手と手を組み合わせて小さく何かを呟いた。長く長く続いたそれは、彼女の生まれの地の言語だろうか。オリトは分からなかったが、それが祈りを捧げている姿だとすぐに分かった。

 オリトがマライカを見上げるところを、ジャバリは覗き込んだ。


「みんなムワンバたちがころしたんだ。もとは大金もちの人たち。ほら、むかしにじしんがあっただろう? それでルールや生きかたがひっくりかえったんだ。このけむりは、ジェノサイドをなかったことにしようとしてる」


「だまって。行くわよ」


 マライカは話を切ると、先を急ぐ。オリトとジャバリはその後を急ぎ足で追った。

 この時、オリトは脇に広がった部屋を見て気づいた。そこは、昨夜の揉め事があったところだ。そこを通り過ぎてすぐのところに、外へ出られる入口がある。先にもまだ通路が伸び、暗い空間が続いていた。



 歩いている感じや、建物から僅かに見えた外の様子から、ここは幾つかの棟が集まっている。壁に囲まれた廊下や、外からよく見える廊下で繋がっている。どれも見分けがつきにくい壁と道だが、目を凝らせば、壁や天井に走る亀裂、壁の汚れ具合が目印になる。自分が出てきた牢からも、この先の暗闇にも点々と等間隔で同じ鉄扉が並んでいる。そこには決まって小さな窓が取り付けられており、格子が見えた。


「ここは何の家?」


 オリトはマライカの背中に向かって訊ねると、家だってと、ジャバリがくすっと笑った。マライカはギギッと彼を睨むと、笑い声があっという間に引っ込んでしまう。そして彼女は、静かに話しはじめた。


「元は、けいむ所よ。あたしがムワンバ達に連れてこられた時も、今さっきのように煙が立ちこめてた……」


 マライカの息を呑む様子が僅かに見て取れた時、オリトは声を失った。言わんとしていることが容易に想像がついた。それでもマライカは、こうして自分や他の子ども達の世話をし、生きている。どうしてそんなことができるのか、何がそうさせているのか、不思議でならなかった。

 昨晩に放り込まれた空間は、自分達の主なスペースだと、マライカは話してくれた。この、元刑務所を拠点に、あちこちへ連れられることが多いと言う。



 オリトは、ほぼ話したことのない言語で伝えられる内容に、じっと耳を傾けた。不思議な事に、昨夜よりも耳が鍛えられていた。簡単なことも口にできるようになっている、その上達の速さに、ジャバリとマライカは目を丸くさせた。そしてマライカは、真っすぐ見つめてくるオリトをしばし眺めると、ここについてもっと話しておきたくなった。


「昨夜、ボロボロになったアシャが、あたし達のところに投げこまれたのは、見せしめ。あいつらのこうげきの一つよ」


 歪んだ組織の行いは、肉体的な攻撃だけでなく、精神的に追い詰めるやり方もあるのだと、マライカは怒りを滲ませながら早口に説いた。


「エシェのお父さんがだれなのか分からないの。でもきっと、連中の中のだれか」


 そこへジャバリが、速足でオリトの視界に割り込んだ。


「アシャは、もっとちがうところからきたんだ。で、アシャと先にあったのはラテガさ。えらそうなアイツとながくいるから、あつかいがうまいんだ」


「あたし達と向き合うのが上手いだけじゃない。アシャは元兵だから、ムワンバ達をどうあつかうかも、よく考えられるの」


「そうさ! アシャはつよいし、すげぇんだ!」


 すると、マライカはジャバリの頭をぶった。ジャバリは訳が分からないまま、マライカに思いつくだけの文句を早口にぶつける。だが、マライカは相手にしないまま、足を速めていく。

 ジャバリとオリトはいよいよ駆け足になる。その最中、オリトはマライカの急な(だんま)りを見て、考えていた。

 アシャがいかに特別かが、マライカの説明だけでなく、ジャバリを叩いたことから犇々と伝わってくると、今はどこにいるか分からない彼女のことが心配になってくる。


「バカっ……アシャを助けないで、“自由”を手に入れられないでしょうがっ……」


 マライカはやっと声を絞り出すも、悔いに震えていた。自分達が感じているアシャの強さや素晴らしさは、もっと別の地で見、そして見られるべきなのだと、拳を握った。






 手前の出入り口を抜けると、砂地が広がった。そこにはダラクタや、崩落した壁の隅でうなだれる人達がいる。


「オリト、よくおぼえてろ。あそこでへたってる人みたいにならないためには、とにかくじぶんのいいところを、ムワンバたちに見せるんだ。ムワンバたちを、まんぞくさせないといけないんだ」


 ジャバリはオリトに顔をうんと近づけてから、今朝の仕事だと言い、使い込まれた箒と(くわ)を差し出した。それは小さいとはいえ重く、なぜそんなものがいるのかと、オリトはジャバリを見つめる。するとジャバリは、うなだれる人々からくるりと向きを変え、やって来たところから更に先の方を指差した。オリトはじっと耳を澄ませると、ちょろちょろと水が流れる音がした。川があるのかと想像すると、ジャバリは次に、ここの建物の遥か向こうを指差した。


「あの山から、ずーっとながれてきてる。ここらのガラクタやドロがあつまりすぎて、まだまだながれがわるいんだ。そこを、いまから手入れする。ぼくらで川をもどすんだ。あるきまわるところに、水がひろがらないようにしながら」


 泥水の周りにハエが(たか)るところに、オリトは目を凝らした。ガラクタは見慣れているが、この地のそれらはまた種類が違った。ゴミの川と呼ぶにふさわしいそこは、自分が簡単に通って渡れるほどのもので、水たまりを巨大化させたようだ。


「ころがってるガラクタの中から、たかねがつきそうなものを見つける。あと、うんがよけりゃゴールドがとれるかもしれない。そいつは金になるから、ぜったいにひろうんだ」


 オリトは不意にポケットを探る。


「お金……」


 あの時、馬車の連中の目を逸らすために投げて失くしたことを思い出した。そしてもっと前に、母から学んだことも。


「ジャバリは見極められるの? お金が、あたし達にしてくることを」


「え?」


 ふわりとした口調で目を真っすぐに向けてきたオリトに、ジャバリは言葉を失ってしまう。短い質問ばかりのオリトが、長い、少し難しい言葉を入れて話してきた。それに大きく驚いている間に、同じ表情をせずにはいられないマライカが、箒を手に木箱を引きずってやって来た。


「たくさん働いて、自然の声が聞けるようになったから、お金が吐いてくる嘘も分かるようになったの?」


「バカだな! 金がしゃべるもんか! ほら、やるぞ!」


 ジャバリは石を蹴るようにオリトの言葉を弾き飛ばしてしまうと、慣れた手つきで地面を掃き、時々、目についた大きなガラクタをじっと調べた。

 オリトは両手で横向きに箒を握りしめたまま、ジャバリを眺めていた。そこへマライカが、持ってきた泥だらけの木箱をオリトの傍に置くと、箒の柄でコンコンと縁を叩いた。


「はでなものを入れるといいわ。何が高い物かなんて、あんたにはまだまだ分かりっこないし。ところで、さっきのはどういう意味?」


 話術が飛躍するオリトに眉を寄せたまま、そっと訊ねた。

 オリトは、枷のせいで(だる)くなった首を左右に伸ばしながら言葉を引き出すと、マライカを見上げた。


「お金は、光と音であたし達を惑わせてくる。あたし達の耳と目を泳がせて、気持ちを操ってくる。それを見極められるようになるには、自然の声を聞けるようにならないといけない。あたしは、まだそれができない……あれ? でも……」


 オリトは母の教えを口にすると、まばたきした。マライカは、オリトの不思議な言葉を紐解く方が精一杯だった。そしてオリトは目を見開くと、首を横に振った。


「あたし、昨夜あいつらを惑わせることができた。お金で目を泳がせられた。でも、あたしはそうはならなかった。相手にそれを仕組むことができたなら、あたしの方が上手だったってことね」


「何ですって?」


 マライカが聞き返す頃にはもう、オリトは自分で答えのようなもの勝手に探り当ており、ジャバリを追うようにしながら床の掃き掃除をしていった。


「……頭の中がバケモノみたいな四つね」


 へんてこな子だと心底思った。でもそれが、アシャの言うように自分達の“計画”に大きく役立つのではないかと、勝手に想像してしまう。それもまた不思議だった。こんなに前向きな気持ちになれるのは、色の無いこの地にそぐわない、ゆるゆるとした柔らかい風に吹かれているからなのだろうか。






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