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ラテガは溜め息を吐くと、次に行く宛てを遠目に探る。人気のない小さなマーケットらしき建物があるが、既にもぬけの殻に違いない。誰かが暮らしているところから残飯が出やすく、人の息がありそうな場所を当たる方が早い。
頭を働かせていると腹が唸った。波止場へ行ったために偶然貰えた小魚を、住人の目を盗んでそそくさと口に放り込んだ。そして壁に肩を預け、恰もぐったりしているように見せかける。
やがて、店の奥からひそひそと話し声が聞こえてきた。目を閉じ、空腹と足の疲労に意識がぼんやりしているのを装いながら、耳を欹てる。
「“赤空のリカオン”のスパイか?」
男性が警戒しながら少年を横目に見る傍ら、女性は眉を寄せた。
「分からないけど、何か渡した方がいい……それにあの足よ……」
棚を漁っているのか、物音が聞こえると、ラテガは上体を起こし、何かを思い出したように二人に声をかけた。
二人が振り返ると、ラテガはポケットからあるものを抜き取った。二人は、彼の手に微かに靡く一枚の紙幣に目を見張る。と、男性の方が近づいてきた。
「これっぽっちなんだけど、ダメかな」
職もスキルも得られない自分が持っていても意味がないのだと、ラテガは更に言い添えた。ここらで生きる大抵の者は、少額であれ金銭を求めるのが普通だった。偶然にも、波止場の柵に引っかかっていたそれを見つけ、拾っておいた。まだ数枚、ポケットに忍ばせてある。
やって来た男性は、しばらく紙幣と少年を見てから、そばの棚に置いていた小袋の商品と缶詰をいくつか取った。
「こいつをやる。それから、俺たちは今日でここを出て行くからな」
男性は言いながら、店内のテーブルにあった適当な布切れを広げ、商品を手早く包んだ。小袋からは甘い香りがし、絵柄を見ると何かの菓子に見えた。缶詰はこの辺りならば馴染みのある豆や魚のもので、男性は布の端を握ると、少年に渡した。
「ありがとう。ところで他にいい店はある?」
男性は首を横に振ると、身を低くし、店の外を警戒した。そして少年の腕を雑に引くと、その手から紙幣を取り、そのまま外へ押し出してはドアを乱暴に閉めた。
「いってっ……」
ラテガは右足を摩る。自分のペースで歩行できなければ激痛が走る。皮膚が厚くなるならば、痛みを感じなくなればいいのにと思ってしまう。神経はいつまでも先の先まで張り巡らされている。そこへ、再び店のドアが開いた。何かと思い、振り返ると、忘れていた杖を投げつけられた。
こちらは屈むのが厄介だというのにと、ラテガは舌打ちし、転がる杖をどうにか拾った。そしてそのまま、男性と同じように辺りに視線を配りながら、低姿勢で次の行き先に向かう。
どこかから漂ってくる臭いに襲撃が過った。この近くに潜んでいる集団が爆薬を使ったのか、焦げ臭さには微かに鼻と胃を突くような異臭も混ざっている。だが、周囲は静かだった。
中腰で進むうちに、肉を扱っている様子の店を見つけた。骨が残っていたならば、煮炊きして一品ができるだろう。そんな考えが過ると、腰に括りつけていた布製の手提げを取り出し、バサッと広げた。
その時、足音がした。ラテガはすぐさま、端の崩壊したコンクリート壁の裏に身を隠す。ガサッガサッと、砂地を重々しく踏みしめる二種類の足音。片方はもう一つよりも軽めに聞こえ、ラテガは壁から目だけを覗かせた。
自分が向かおうとした店を通り過ぎていくのは、二人の武装兵だ。煙を吹かす大柄な存在は、決まってムワンバだ。そしてその後ろにつくのは――
「アシャ!?」
思わず声にしてしまい、ラテガは身をひっこめる。そして、しばらくしてもう一度、今度は壁の横の低い位置から顔を覗かせた。すると、アシャがこちらを向いた。
ムワンバは先を進み、先ほどの声に気づかなかったようだ。アシャは右腕に娘のエシェを抱き、左腕にはライフルを抱えている。
アシャはムワンバを時々振り返りながら、大きくこちらを向き、後ろ向きに歩いた。そして、グリップを握る左手から二本指を出し、曲げ伸ばししてチラつかせた。
アシャがくれたのは、自分達で予め決めておいた“安心しろ”という合図だった。このまま焦らず自分達の考えを貫いていてもいいと、こんな状況になってもまだ言ってくれる。しかし、その考えを押し通す時だって彼女に一緒にいてもらいたい。いてもらわなくては困るのだと、ラテガは拳を握りしめた。
ラテガは何かを返そうと立ち上がると、アシャは身を屈めろと言うように、手を下げる合図をしてきた。そしてあっさりと背中を向け、ムワンバの方へ走っていってしまう。
ある時は兵に、ある時は奴隷に――そのどちらかとしてしか生きられない今に静かに抗おうとするアシャを、ラテガは見えなくなるまで見届けた。
“自由への脱出計画”を、アシャは今でも後押ししてくれている。ところが、自分達の下手な動きが組織の目についたせいで、同じ仕事ができなくなっていった。
まだできないことが多くても、ここへ連れられた時よりはマシになった。日々の観察から身に着けた知恵もあり、連中の隙も確認している。後は進路とボート、そして仲間の動きをどうするかだった。
ラテガは、募るばかりの焦燥を逃がすように、力強くため息を吐く。そして、目当ての店舗に向かって、ようやく歩き出した。




