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ガラクタが点々と転がる草原は、嘗てのように息を吹き返そうとしていた。
陽が昇りはじめると、燃え上がるように真っ赤な陽射しが自然を染め、清々しい朝の表情を大地いっぱいに拡げていく。
柔らかい朝の風が吹いた。ヤシの葉とトタンで曖昧に葺かれた屋根が、キシッキシッと鳴った時、少女の瞼が震えた。
遠くからの囀りが、ちょろちょろと耳をくすぐったかと思うと、首を起こした。土壁の点々とした隙間と、木製の窓のひび割れから、温かい朝の訪れを感じた。
少女は、暗い家の中を見回してみる。どうやら兄姉達は、とうに出て行ってしまっていた。母すらも。
家族皆でつめつめになりながら寝るところを、掻き分けながら這った。そして素足が冷えた地面につくや否や駆け出し、ドアを開け放った。
外に飛び出すなりカッと照りつけられ、少女は小さな手で目を覆う。そして指の隙間からそっと、しんとした村の景色を覗いた。
今朝はいつもより少し早く起きられ、隣近所の人々はまだ出てきていない。ただ、微風が豆の香りを運んできて、お腹が鳴りそうになった。
朝の空気はどんどん膨らみ、それと共に陽射しが力を増していく。村がだんだん赤く染まりながら、ふわりふわりと風を吹かせる。少女は胸が高鳴った。そして、家の真裏に広がる丘へ走った。
なだらかな坂を上り、天辺がそこまで近づいた頃、陽の光は、少女ごと世界を包み込んでいく。
爽やかな向かい風に、少女は胸を掻き立てられると、息が漏れた。すると、金色と炎の色をした細かな光が舞い散った。 まるで星が散らばるように思え、目を丸くさせる。いつもの丘だというのに、今朝はなぜか特別に思えてならなかった。風に誘われているような気がして、足はひとりでに動き出し、飛び跳ね、躍りだしてしまう。
軽いステップを不器用に踏んだ時、ひらりとひらりと、ムラサキタテハモドキが飛んできた。
それに目を惹かれ、感嘆を漏らすと、丘の上に辿り着いてはどこまでも追いかけてしまう。
裸足が乱暴に芝生をたたき、夜の冷たさが土に返されていく。芽吹いた真緑の草は、蹴飛ばされようが跳ね返った。まだ寝ていたサバクトビバッタが、急に弾かれてしまう。
少女は高く、高く、もっと高く跳ねる。小さな掌は、その更なる上をひらめく蝶に掴まろうとする。若い樹皮の色をした瞳に、青紫と黒い模様がはためいた。
辺り一面にころころと広がる笑い声に、陽だまりに満ちた風が舞い上がる。艶を取り戻しはじめた草が、金色の光をスイスイと放ち、少女の髪を同じ色に輝かせていく。
天に真っ直ぐ伸びる笑い声に、ほんの小さな旋風ができた。追われる蝶はそこに巻き込まれ、くるりくるりと羽を乱されてしまう。しかし、軌道を立て直してはまた、高々と飛んでいってしまった。
「あ……」
危険を察した蝶は、そのまま少女を置いて、せかせかと羽を動かして行ってしまった。
肩での呼吸も他所に、少女はじっと、蝶が見えなくなるまで目を見開いていた。そしてようやくその姿が見えなくなると、風の声につられ、朝陽を向いた。
「おはよう」
今日の最初の声は、いつもより少し喉が温かく感じた。
この丘が好きだった。しかし早起きは得意でなく、こうしてひとりで駆けまわるのは本当に久しぶりだった。
まだまだガラクタや枯れ木が残っているけれど、村の人々と力を合わせて、日ごとに綺麗になっている。ここで生きようとする新芽が、その努力を実らせているようだった。
少女は、美しくなろうとしているここに、新しい何かが潜んでいるような気がしていた。それによって生まれるわくわくする感覚が、そのまま鼓動になって身体を叩いてくる。風が肌を撫でながら、そっと言ってくる――“自由が咲き誇るぞ”と。
少女はその場にしゃがむと、両手で地面に触れた。周りに比べて浅黒い肌の色と、生まれたばかりの草の色と、ちらっと靡く金色の髪がはっきり見える。
起きたままの姿で走った今朝のような時が、もっとずっと長く続き、何も気にせず生きられるようになる。風はそう言っているのだろうか。そのように考えを巡らせては、そっと立ち上がった。
背後のうんと遠くから、ニワトリが鳴くのが聞こえる。ここに来るまで聞こえなかった足音や、物が動くような音もしてきた。人々が動きだしたのだと分かり、瞬きすると
「オリト!」
ジンッと、母の声が肩を震わせてきた。
母は駆け寄ると、娘のオリトの手を引き、丘を引き返していく。
「驚かせないで。どこへ行ったのかと思った。布も巻かないで……」
言い終わりに母は、溜め息混じりに娘の頭を片手で覆った。
「オグヨとオンゴゴ」
オリトは見たものを話すも、母は何も言ってくれなかった。つまらない気持ちに胸がきつくなり、母の手からは焦りばかりが伝わってくる。なので、離れていく輝かしい丘に縋るように振り返った。
すると、風がどっと押し寄せ、全身がぐわんと揺れた。まるで誰かに押されたようだった。母に咄嗟に支えられ、身体はすぐにバランスを取り戻す。
風が擦り抜けていくところ、ふと聞こえた声に、オリトは後ろを向いた。
「またね」
そう言い返せるくらいにはもう、気分はよくなっていた。




