うぶごえ
風は、悲劇に満ちた夜を漂っていた。ひもじい、生気を亡くした世界にこごえながら。
風は、さまよっていた。散り散りになって留まった、或いは深い凹凸を持つようになった大陸を、おろおろと見おろしながら。
風は、微かな力を感じとった。無の姿を大気に任せている最中に。
風はやがて、声を聞きつけた。分裂して小さくなった陸地の、トタンと泥と木枠でできた小屋から。
勇気と希望をみしみしと蓄えた声に、無の姿は金色に灯されていく。
力強い産声は、風を振り向かせる。
この世界に、再び光を呼び寄せるように。巨大な鐘を鳴らすように。
風はすり抜ける。失われた大地の再起を求めて。
そして、とうとう辿り着いた。粉塵のような金色の光をまとい、今、その声の主の元に。
血と羊水に塗れた小さき者が、口を大きく開いた時、風は力強く光った。
壁を叩き、砂を吹き上げ、そこに集まる人々の目を逸らせると――主の中に入った。
小さな舌を跳ね、口内を巡り、喉の奥へ奥へと滑り込む。
金色の太い根を張り、太陽のような温もりを拡げて。
そして、そこに棲みついた。その者の声を、新たなる姿として。
*
四畳ほどの真っ暗な家の中に、荒い息が満ちている。砂煙による空咳は、仲間の一人ひとりの居所を知らせてくる。
その家の母は三人目の出産を終えた。突風で消えたロウソクが再び灯されると、横で手を握る夫と顔を見合わせる。そのまま、未だ辺りに漂う奇妙な気配をじっと見回した。
「……何の風だい」
赤子を取り上げた老婆もまた、僅かに月光を通す簾から、家中に視線を這わせていく。あの力強い風に屋根を剥がされるのではないかと、ゾッとした。
「いいや、誰も火を焚いていない」
外から別の仲間が戻ってきた。突風が吹いた際、急に家中がパッと照らされたのだ。てっきり、誰かがこの家の近くで焚火をし、その火種が燃え移ったのかと思った。
母は深く息を吐いた。家があり、子が無事ならば、まずはそれでよいと、汗ばんだ笑みを滲ませる。
そして、過ぎ去ってからまだ年月が浅い大震災のことが過った。地面が割れ、崩落を起こし、土と根の繋がりが次々と絶たれた、“大地の号哭"と呼ぶようになった当時が。
その時を生きながらえて産んだ新たな命は、眩い光の風とともに訪れた。この狭い家の中が金色の光に満ちた、不思議な出来事。太陽が降ってきたような一瞬の時――そう表現するのが、母にとって自然だった。
「オリト……」
風の意を持つ、この村に生き残った民族のもう一つの言葉。母がそれを柔らかに呟いた時、子は、ゆるゆると泣き声をしまった。
その喉にじんわりと金色の光が灯ると、やがて、細く放射状に伸びて消えてしまう。それは誰の目にも留まることをしないまま、夜はじっとりと明けはじめた――




