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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第三話 あたらしい仲間
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<8>




 その後、二人はまともに眠れないかと思いきや、気がつけば朝を迎えていた。肉体的にも精神的にも痛めつけられ、汗を拭き出したお陰で無駄に水分を奪われ、脅しに激しく消耗させられた思考力が、気絶という疲労困憊を招いた。


「自分が怖いぜ……」


 住居であるホテルの外に出たバカリは呟くと、静かな空気を吸い込んだ。今朝も覇気の無い空が広がり、遠くでは黒雲が見える。


「いざ出陣命令が出た時も、こんな風にあっさり翌日を迎えてるのかね……」


 それを聞いたアジャニは呆れると、深々と溜め息を吐いた。


「あのな、その時迎えるのは朝じゃない。あの世だ」


 バカリはアジャニに大きく振り返ると、不意に視界が暗くなる。急に投げつけられた湿ったタオルを取ると、そのまま顔の怪我を慎重に冷やしながら、血の汚れを拭った。



 鉱山へ向かう前に、馬車への積み込み作業があるらしい。

 照明や鉱石の分析機器の維持。仮設住居や梯子、橋渡しの作業。二人の技術がどの程度そこで発揮できるかは分からないが、発掘作業以外の仕事に就ける可能性の方が高いと見ている。


「もし上手くいけば、また戻ってこられるかもしれない。いいか、俺達が戦闘向きじゃない人間であることを、しっかり兵達に分からせるんだ」


 アジャニは言いながら、いつか出先の道中で見つけた、安全靴(ブーツ)の紐を締め直していく。


「そうだな……武器に関してはどう頑張っても昔に遊んだ木製銃しか作れねぇから、既に使えねぇよ」


 バカリは顔の痛みに表情を歪めると、アジャニの脇にあった雨水の溜まったシンクにタオルを漬け、もう一度患部を冷やしていく。


「とは言うが、そいつを命中させられる確率が人一倍(たけ)ぇから買われてるんだろう。目がいいところを見せ過ぎるな」


 アジャニがその背中に向かって言うと、バカリは怪訝な顔で振り返った。


「それなら、お前はキレキレの頭を見せ過ぎるな」


 淀んだ空の下で、互いに重い笑みを浮かべ合う。スコールが多いこの時期、鉱山では事故が起きやすい。震災が起こる前からずっと恐れられているその場所は、地盤がどう変わったか分からない今、“戻れずの地”とされていた。



 するとその時、摺り足の音が割り込んだ――


都会(ここ)に渡ってきておいて今更な……」


 嗄れ声に、二人の肩がビクッと跳ねた。あの情報屋が、相変わらずヨロヨロと歩きながら歯を見せている。

 二人は何も言わず、彼をただ細い目で見つめる。空の酒瓶を片手にウロウロする情報屋はいつも、歪んだ上機嫌をこの地で振り撒いていた。


「その腕で富を得に来たくせに。ここは見せる処だ。見せんなら死ぬ。隠し通せるもんか」


「安売りはしねぇって話だ。あんたはどうなんだ。いつまでもその記憶力を、金や酒だけに変えるつもりか」


 アジャニの言葉に、情報屋はとぼけるように両手を広げ、何か不都合でもあるのかと言いた気に首を竦めた。


「富は自らの手で得るもんだ。ムワンバは、このわしをよく使ってくれる。そうしなかった向こう見ずな連中は今や、“大地の号哭”に篩われて万歳だ」


 この時バカリは、顔の痛みも忘れて情報屋に目を尖らせ、歯を鳴らした。

 両親は紛争に巻き込まれ、あの巨大地震の地割れに兄弟が呑まれてしまった。目の前で命が一瞬にして消し飛んでいく様を見た時に、正気をどう保つかなど考える隙はない。自分もそこへ飛び込んで消えてしまいたくなる衝動に駆られるのだ。誰の特にもなり得ない。



 負の感情を渦巻かせるバカリを、アジャニは透かさず腕で制して首を横に振る。


「じゃあな、爺さん。俺達は今日からゴールドの探索だ。あんたよりも最高の富豪になって、国を復旧してやるよ」


 アジャニは情報屋を鼻で笑い飛ばすと、纏めていた荷物を順に担いでいく。そしてバカリが先に踵を返し、その後を追った時――情報屋が、そろりとした口調で呼び止めた。


「気をつけろ。あの崩壊したモールを隔てた向こうの領域を陣取る(やから)が、わしらの地を獲りに襲撃にくる」


 二人は背中に冷たいものが走るのを感じるも、派手に驚きはしなかった。領土の奪い合いは、大災害を経てから余計に多発している。偶然にも、隣に居合わせていないだけで。


「お前達は疾うに“リカオン”の補欠兵だってことを忘れるな」


 情報屋は二人を笑い飛ばすと、フラフラとどこかへ行ってしまう。



 バカリはその背中に拳を振り翳しかけるも、アジャニが身体で制した。

 その時、蹄の音が近づいてきた。二人は急いで荷物を担ぐと、数か月寝泊まりしたホテルを後にし、馬車と合流した。風にのって微かな焼け焦げた臭いがすると、それはじきに、嘔気をもよおすような鼻を突く臭いに変わっていく。

 御者が降りると、空気の異変を気にすることなく、荷台のロックを開けていく。バカリから順に、作業で必要な荷物を積み込んでいった。



 その(かたわ)ら、アジャニは臭いの出所を目で探り当てた。こちら側の地域に渡るために架けられた木造の橋から、ずっと向こうに広がる兵達の拠点。黒煙が上がるのは恐らく、訓練場の広間からだろう。

 煙が昇る先も暗い空だった。せめてこの時くらい陽が射してくれればよかったのにと、アジャニの胸が疼いた。


「さっさと積め」


 だがその痛みも、御者の冷淡な一声にあっさりと消されてしまった。






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