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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第三話 あたらしい仲間
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<7>




         *



 同じ夜のこと。

 アジャニは、隙間風に電球が揺れる音に起こされた。いつもならば、そんな微かな音で目を覚ましたりはしない。なんとなく頭を起こし、眠気が淀んだままの目を、じりじりと辺りに向けていく。

 部屋の外が騒がしく、そのせいかと勝手に納得しては、また毛布を引き上げた。ところが、どうしても外の兵達の声に耳を持っていかれてしまい、眠れない。そして、何故か胸騒ぎがし、彼らの話をじっと意識してしまった。



「餓鬼の息で、出向いた連中全員がひっくり返されちまった。馬車も散り散りだ」


「そいつに一吹きさせりゃあ、敵は散り散りか」


「あの程度じゃあ絶命させられない。そこをどう仕込むかは、餓鬼に仕組みを吐かさねぇと」


「親に吐かせりゃいい」



 アジャニは顔から血の気が引くのを感じた。胸騒ぎは大きくなり、その先の会話を覆い被せるように鼓動が鳴り響くと、怖さのあまり頭を抱えた。息はどんどん荒くなり、汗が噴き出てくる。

 そうしている間に、外から激しい物音がした。彼らが乱暴にドアを開け放ち、誰かを探している。すると、慣れ親しんだ者の悲鳴が聞こえてしまった。


「バカリ……!? バカリ!」


 アジャニはベッドから飛び出し、ドアを開けようとノブを握った途端――発砲音がした。バカリの悲鳴がまた、轟くように聞こえてくる。

 アジャニは首が振られるも腕が強張り、ノブを握る手がどうしても捻ろうとしない。

 故郷の隣人が殺される――想像するにつれ喉が締めつけられていく。足の力が抜けかかるのを、どうにか腰からの踏ん張りで持ち堪えていた。

 ここを飛び出して何ができるだろうか。打ち返せるものは何もなく、自分が提供できるのはただ一つ、我が子の事実だけだった。だがそれをしてしまえば、自分や家族、子ども達の人生はどうなってしまうだろう。


「くそっ!」


 歯を食い縛ると、アジャニは強張る身体を引っ叩き、ノブで固まる腕を掴んだ。そして、ここでグズグズしている自分を奮い立たせるように、意を決してドアを引いた。


「バカリ!」


 叫んだと同時に、彼の部屋から武装兵の二人現れた。離れた廊下の先で、二人にぬるりと引きずり出されたのは、息を荒げるバカリだった。銃声は脅しであり、彼らは間もなくこちらに向かってくる。

 一人に右肩を、もう一人に背中で両腕を取られたバカリは、恐怖の息遣いを漏らしながら、こちらへ近づいてくる。汗だくの顔に浮かび上がるはち切れそうな目つきは、もう出せる札がないと、涙ながらに訴えていた。



 アジャニは自ら進んで彼らの前に立つと、両手を上げた。それと同時に、バカリの肩を掴む男――あの日、手榴弾を投げつけた副官が、アジャニの胸にライフルを押し当てた。


「何をしたか言え」


 アジャニは眉を寄せると、口から僅かな血を吐いて項垂(うなだ)れるバカリを見てから、副官達に視線を動かした。

 状況の流れに追いつけず、思考の整理ができない。彼らの会話の内容は間違いなくオリトのことだったが、なぜ、その子が武装兵を傷つけたような話になっているのか。


「……指示通り、発電機の管理署の誤配線の復旧作業をしたっ――!」


 胸骨に銃口を感じた。トリガーにかかる指に迷いなどない。いつでも殺すつもりでいる狂人に、アジャニは顔を上げたまま冷静を装う。


「金髪の、ここらの生まれじゃねぇ肌をした餓鬼」


 アジャニは肩で息をするのがやっとの中、まだ何も答えなかった。

 副官はバカリを引き上げ、頬に痣を負った顔を(さら)しながら続けた。


「それが情報屋の言う“使い魔”なら、こいつが脱走をしでかした時に、お前が話していた餓鬼ということになる。部下が目撃した頃には既に、家の中の奴らは外に出ていた……何かをしたのか?」


 副官は、アジャニの胸に捻じ込んだ銃口を、そっと彼の額に持ち上げていく。



 アジャニはバカリに視線をやった。もう一人の兵に頭部を掴まれ、彼は恐怖に満ちた眼差しを浮かべている。息遣いで今を伝えるのがやっとだろう。どんな合図ももう通用しない。生き延びるために喋るしかなかったのだ。

 ただ実際、こちらの計画の動きを押える術など彼らにはない。偽りを読み、脅しで事実を白状させる。その腕しか持ち合わせていないのだ。



 アジャニは目を閉じ、一度両手を結ぶと、そっと、瞼を開きながら緩めた。


「俺はただ、そいつに帰宅を断念するよう説得した。知っての通り、彼は諦めが悪い。だからあの時、話すのに時間がかかった。土木の腕が減っては困りますから」


 引いては、いざという時に出せる兵としての人材が減っても困るところだろう。アジャニは、仕事の合間で受けてきた簡易的な訓練を思い返すと、一度息を呑み、続けた。


「子どもを引き換えるつもりは、(はな)から無かった」


 アジャニは言うとバカリに視線を移し、彼がここにいるのがその証でもあると、副官達に示した。


「俺の子だ。生まれつき、喋ると風が吹く。理由は分からない。そして何者かも知らない。どう扱うべきなのかも。それは本人も同じだ。本当だ、だから安易に働かせることはできなかった……」


 オリトのせいで怪我人が出たならば、向き合い方に気をつけるべき存在であることは強調しておきたかった。だがまだ、副官は銃を下ろさない。


「親として“使い魔”呼ばわりは許しがたいが……異質者呼ばわりされる要因はある……他人(ヒト)には聞こえない声を聞きつけている様子が、その子にはある……だから、刺激しない方がいい……」


 副官の銃口を押さえつける力が、少しばかり弱まったような気がした。それでもアジャニは、安堵を見せることなく、歪み切った彼の目つきを逃さんばかりに、貫くように真っ直ぐ見つめ続けた。オリトに潜んでいいるとされる可能性と、これまでの事実を並べることで、どうにか身体の震えは抑えられた。



 副官もまた、アジャニの目を捉えたまま黙っていた。そして彼の全身を舐め回すようにして視線を這わせると、再び、銃口を突きつける力を強めた。またのそれに、アジャニは目を見開く。


「餓鬼が部下三人を怪我させた。お前は何故だと思う」


 アジャニはしばし考えると、首を僅かに竦めて見せた。


「向き合う際は慎重であるように。刺激しない方がいいという考えです。怪我をさせたならば、そうしてしまうキッカケがあったと思います。その理由はその子にしか知りえません」


 張り詰めた細い命の糸を太く紡ぐように、アジャニは、どうにか言葉を選んでいく。


「神秘は探りようがない……そんなところに、人間の勝手な推測なんて届かない……俺には、機器を扱うのが限界です……」


 銃口が離れていき、アジャニは乾ききった目を閉じた。その時、バカリが腕に飛び込んでくると、二人してよろよろと後ずさる。それでもまだ、アジャニは副官達から目を離さなかった。バカリは腫れた頬を押え、肩越しに彼らを覗く。

 副官は二人を見下ろすと、やがて、にんまりと歯を見せた。


「明日から鉱山だ。遅れるな」


 二人は耳を疑い、肩の力が一気に抜け、腑抜けのようになっていく。バカリは頭を抱え、首を横に振るのがやっとだった。アジャニの唇は震え、口をぱくぱくさせてしまう。


「要領よくやれるだろう。お前さんらが受け継いだ技術で」


 アジャニは頭で何かに気づき、表情をどうにか元に戻した。そして副官達が背を向け、廊下を歩いていくところを見つめる。言い渡された任務に居ても立っても居られないバカリの騒ぎにもブレず、副官達がフロアから姿を消すところまで見届けた。そしてやっと、廊下が静まり返った時、遅れてやってきた絶望に吸い寄せられるように倒れた。


「おい、しっかりしろよ!」


 バカリは、脱力しきったアジャニの肩を必死で揺さぶる。アジャニの目と口は塞がることなど忘れてしまっていたが、じきに細い息を吐くと、バカリに向いた。


「しっかりしろだ……? 感電してぇのか、お前は……」


 バカリは言葉を失う。しかしアジャニは、しばし睨みを利かせていると、じわじわと笑みをこぼした。乾いた、張りのない小さな笑い声は、やがて静かな涙に溺れて消え失せてしまう。その顔をそっと覆うと、バカリの腕を力強く掴んだ。


「お前は死ぬまで相棒だ……俺とお前は、命を懸けて未来を創る……山に埋もれてる場合じゃねぇぞ、てめぇがしっかりしやがれっ!」


「アジャニ……」


 彼のそんな姿に、バカリは何の手も打てずにいた。仰向けで静かに涙する彼が放つのは、悔やんでも悔やみきれないものだろう。掴んでくる相棒の腕を、バカリは強く握り返した。そしてアジャニの、今にも消えそうな灯のような光が宿る眼があらわになると、大きく頷いて見せた。






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