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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第三話 あたらしい仲間
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<6>




「……どうやってるの?」


 マライカは、吹きつける温かい風を探るように辺りを見回すと、オリトを覗き込んだ。しかしオリトは目を見張ったまま、皆の足が集まる毛布のどこか一点に集中し、涙を流していた。



 言語を知らねばならない。彼らの涙の理由を、傷の理由を、身体の違いを知らねばならない。彼らが大切にしていることが何なのか、それを知るためには、スクールに通う子ども達のように、ダヨや母に尋ねるように、学びを重ねねばならない。



 オリトは、隅に追いやられる時間から解放され、蝶を追って丘を駆けていた時の自分を思い出した。そうするにつれ、胸がチクチクしはじめた。

 ここもまた、何かを“追いかける世界”なのかもしれない。でも、同じ世界で生きていたとしても、こんなにも違っている。自分がやっと自由を感じていた裏側で、彼らはどんな想いを抱いていたのだろう。


「……本当に(Thank you)ありが(very much)とう」


 自分は、とても大事なことを知らないままだった。ここにいる彼らは、それに気づかせてくれた。今は、それに感謝を述べることしかできなかった。



 オリトをただただ見つめていた子ども達は、涙も忘れ、互いに顔を見合わせる。自分達の涙を吸い取り、代わりに流しているように見える彼女の変化に、返す言葉が思いつかなかった。


「こいつ、ジャバリより小さいな……“いくつだ?”」


 ラテガは呟いた流れで、オリトに訊ねた。オリトの背格好から、かなり幼いと見て取れる。だが、彼女の言葉の選択は落ち着いており、その性質にもまた違和感を覚えてしまった。



 オリトは問いかけに顔を上げると、皆に見えるように指を四つ立てて見せた。

 ラテガを通じて歳が分かると、マライカはゆるゆると首を横に振る。そして、武装団の前でのオリトの振る舞いを思い出した。


「なら、ものすっごくキモがすわってる」


 ところがジャバリは首を竦め、マライカを横目に見た。


「だまされたからここにいるんだろ、ぜったい。キモがすわってりゃ、こんなところにいるもんか」


 子どもは嘘をつかれて連れてこられるのだと、ジャバリは宙の一点を睨みながら、胡坐(あぐら)の上に両手を力強く結んだ。



 その時、部屋のドアが激しく開け放たれた。皆は跳び上がり、そちらを見やる。すると、大きなものが視界を過り、滑り込むように倒れてきた。


「アシャ!? アシャ起きて!」


 マライカが咄嗟に駆け寄ると、刃の先が彼女の目の前で閃いた。


「次はない」


 兵の男達が言い放ち、去っていく。マライカとジャバリの謝罪が何度も、オリトの耳の奥にまで響いた。


「いいのよ……それより……」


 アシャは、すぐそこまで歩み寄っていたラテガを見上げると、その後ろに潜む例の少女を見た。

 ラテガは杖を一つ鳴らし、脇に寄ると、オリトを見下ろしてからアシャに向いた。


「オリトっていうらしい。オウロ語を話す変なやつだ」


 アシャは背中の疼きも忘れ、その子に目を見張る。不思議だった。この場はいつも冷ややかだというのに、夜とは思えないほどに心地よい柔らかな風が吹いている。この時、アシャはその名の意味をどこか遠くの記憶の引き出しから探り当てた。


「“(オリト)”……」


 オリトは、目や頬が腫れ、服が酷く避けてしまった女性に首を傾げる。そして彼女が近づいてくると、血や土で汚れた肌をそっと撫で、眉を寄せた。


とっても(Im so)かわいそ(sorry)う……」


 アシャは、痛みの奥から柔らかな笑みを引き出すと、オリトをそっと抱きしめた。そこに皆が集まると、アシャは一人ひとりの目を見てから、オリトを見て言った。


「新しい仲間よ。オリトは私達のことや、ここのことを知らなきゃいけない。ここでの生き方も、全てよ。そして、私達もオリトのことを知っていくの。この子の力もきっと、希望に繋がるだろうから」


 その言葉に、マライカは腕組みをした。


「風のせいで作戦がバレやしないかしら」


 それに続き、ジャバリが顔を歪める。


「いまもずっとふいてるし。それに、あのときのオリトの力はすごかった。この子は、ほかにもなにか、とんでもないことができるかもしれないよ? かぜなら、もしかすると、とんでいけるかもしれない。だとすりゃあ、もう“じゆう”みたいなもんじゃないか」


 アシャはジャバリの唇にそっと指先を当てると、エシェをあやしながら話した。


「それは、オリトが話せるようになってから分かること。ただ見えたものだけで判断し続けてしまうと、本当のことが埋もれてしまう。本当のその人を、別人に変えてしまいかねないの。だから慌ててはいけない。でないと誰かが傷つく」


「今のアシャがいい例だ」


 皆がラテガに向くところ、オリトも視線で追いかける。

 アシャは、マライカとジャバリがうつむき、顔に悔いを滲ませるところを見つめると、ふと笑った。


「ラテガ、それ以上は言わないで。二人は学んだわ。“自由”を得る厳しさを。二人では力が足りないということをね」


 アシャの話に、皆はじっと耳を傾けていた。しかしラテガは、声をひっこめるだけで、表情は一つも変わっていない。冷ややかさと、悔しさに似た感情が渦巻いているような眼差しは、暗闇の中で微かに揺れていた。



 オリトはこの時、彼の口調や声の加減で、なんとなく彼自身が張り詰めているように感じた。傷だらけのアシャを見ても、マライカ達のように涙を見せることも、騒ぐこともなく、あの男達に似た目つきのまま立っていた。

 アシャや他の子ども達よりも、どこか違う雰囲気を漂わせている。そんなラテガに、オリトはすっかり目を奪われていると、彼は大きく振り向き、目を尖らせてきた。



 緊張で膨れ上がった身体を、彼の鋭い眼差しに突かれたような気がすると同時に、冷たい風が肌をすうっと這った。今にも噛みついてきそうな表情は、じきにまた、子ども達とアシャの方に向けられる。すると、彼は杖を緩やかにつき、右足を引き摺りながら、寝床に腰を下ろした。



 月光がだんだん細くなると、やがてまた、闇を呼び寄せていく。痛みと恐怖に満ちたここに充満する闇は、夜を独りで抜けてきた時に感じたそれとはまた違い、オリトは身震いした。そして、目の前でアシャの傷をどうにか手当しようとするマライカとジャバリを見てから、アシャの腕から降ろされたエシェに近づいた。

 キラキラとした瞳が愛らしく、オリトは自然と微笑んだ。落ち着いているのは、ここの皆がいることに心地よさを感じているからだろうか。新たに加わった自分にも、穏やかな目を向けてくれる。



 オリトの心はだんだんと温まり、その温もりが全身に広がっていく感覚など気にも留めないまま、ぽかぽかになった手でエシェの頬に触れた。エシェの澄んだ瞳に、ほんの一瞬、小さな金色の光が煌めいた。まるでそれにくすぐられたかのように、エシェは静かにほほえんだ。


「可愛いわね」


 オリトが自然と口にした時――アシャや子ども達は耳を疑い、オリトを大きく振り向いてしまう。

 まだ誰も、その言葉の公用語を彼女に教えていない。言い慣れているかのような、きわめて自然な口調に、奇妙さが皆の胸を打った。






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