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隙間風で冷えたこの場は、村の家々とは違い、滑らかな壁が囲いになって連なっている。ムワンバの後ろにはまだ、隣の建物に続く真っ暗な通路があった。そこから風の音が聞こえると思うと、入口の淵から誰かの手が掴み出た。その時、ぐわんっと誰かが転げたかと思うと、オリトは目を瞑る。そして、片目だけを僅かにこじ開けた。
そこには、自分が巻いていたターバンに似た模様が美しく描かれたワンピースを着た女性が倒れていた。しかしその模様や生地は、背中の所々に滲む血に汚れている。
痛々しい様に、オリトはまたしても、腹の底から喉にかけて何かが込み上げるのを感じた。
ムワンバは、横たわっても声を絞り出し、目を向けてくる女性を鼻で笑う。
「お前ェはまず、黙って慰めに徹しろやァ」
「指導の役目は私のはず……今のその子は、戦場にすら立てない……」
ムワンバは、キッと鋭い目つきをする女性に近づくと、顎を摘まみ上げ、その眼を貫かんまでに睨んだ。
言語が変わり、よく解らない中でのやり取りを前に緊張が止まないオリトは、ふうっと、冷たい風が入り込むのを感じた。まるで自分の震える息のようで、そこに絡みつく別の気配に目を丸める。
耳を澄ませると、啜り泣く声がした。しかしそれは、誰かの短い乱暴な声に叩かれるように消えてしまった。
何が近づいて来るのかと、オリトは女性が横たわる通路の端に目を凝らす。すると、そろっと、小さな男の子と、自分の姉より少し年上に見える女の子が現れた。彼女の右腕には赤ん坊がいる。
彼らも姉弟なのだろうか。男の子が瞼をきつく閉じている様子から、啜り泣いていたのは彼だと分かった。それを止めたのが、隣に立つ無表情の女の子だろうか。二人とも、前に横たわる女性ほどではないが、顔や手足に痣や傷があり、砂に汚れた格好をしていた。
その服や履物は、故郷の村で手に入るものと似ていた。男の子が着るものに袖はなく、女の子が着るものには、端切れが合わさった長袖がついている。縫い付けは固く、厚手の生地は簡単に穴など空かないように見える。
男の子が履く脛までのズボンはゴワゴワしていた。そこに幾つもあるポケットが膨らんでいるせいで、余計にそう感じてしまう。女の子の長ズボンは、細身を際立たせるほどに密着感があった。二人の靴は、マーケットへ履いていったものによく似ている。
その様子から、二人は少なくとも、この“先ゆく世界”の出ではないと見た。
これまで遭遇したことのない状況に、オリトは眉を深々と寄せた。腰に武器を提げた男達は、自分と同じように鎖で繋がれた子ども達に、いつでも殺せると、静かに威嚇している。そんな空気が淀みはじめると、足先から震えが込み上げ、耐えきれずに口を開いた。が――
「駄目よ」
オリトは、開いた口に球を詰め込まれたように、声が引っ込んだ。横たわる女性の視線が身体を簡単に射止めてくると、声を奥に押し込んだのだ。
「司令官、子どもはいくらでも変われます……言って聞かせます、その子にも……国の希望を潰しては意味がない……」
ムワンバは首を大きく傾げると、そのまま彼女の頬にこびりついた血を、べったりと舐めた。
「相変わらずイイ女かァ……連れていけ」
流し目を向けられた部下は、ムワンバに了解すると、女性を引き上げ、どこか暗い奥へ引きずるようにして連れ去っていく。
「アシャ! アシャ!」
「しっ!」
男の子の咄嗟の叫びが、またしても隣の女の子に制された。だが、その腕に抱かれていた赤ん坊が、遠ざかる女性を求めるように大声で泣きだした。
オリトは、その子の悲しみだらけの息遣いを耳にした途端、歯を鳴らし、目を見開いた。
「こいつ、止まれ!」
首の鎖を掴んでいた男が、前傾になるオリトを引き寄せる。
オリトは喉を締めつけられながら転び、また立ち上がると、すばしこく踵を返しては、男の顔に息を吹きかけた。
男は視界を奪われ、短く悲鳴を上げた。瞬時に乾かされた目は、しばし使い物にならなくなった。
「嫌がってるじゃない!」
その叫びはたちまち熱を帯びると、足元の砂を巻き上げ、宙に細いトルネードを描いて奔り抜けた。建屋の壁に更なる亀裂が迸ると、破片がコツコツと皆の身体を叩いていく。
オリトはムワンバの横を、鎖に邪魔されながら小走りで擦り抜け、怯み上がる子ども達に駆け寄ると、女性が消えた方を見た。その時――発砲音と同時に前髪が硝煙に散り、オリトは腰を抜かした。だがそれでも眼差しを変えず、首根っこから鷲掴んでくるムワンバを睨みつける。
ムワンバは落ち着き払った手つきで、オリトの額に銃口を押し当てた。
「"お前ェは人を殺してェようだ……”」
彼は再び言語を変えて話した。オリトは目から力が抜けていくと、その言葉の意味に意識を持っていかれてしまう。
ムワンバはオリトを放すと銃を仕舞い、葉巻に火をつけながら、女性がいる奥の明るみへ歩いていく。
オリトの耳はキーンとしており、周りの音はぼやけていた。だが、その音の靄を突き破るように、女性の悲鳴が聞こえた。
「“いい殺意だ、餓鬼ィ……俺の“使い魔”になれェ……”」
暗がりの中、その歯が光を閉ざしたかと思うと、ムワンバの存在は遠くなっていった。
オリトと子ども達は、残る武装団に率いられると、女性がいる奥よりもずっと手前の、別の横道に逸れた。
押し寄せる暗闇と寒気に、オリトの喉の温もりが失われていく。恐怖に震える心臓が、先ほど衝動的に沸き起こった勇敢さを一気に消してしまった。それはまるで、火の力を弱めていくロウソクのようで、自分が消耗していると感じさせる。
オリトの後ろには、例の子ども達が続いていた。皆、静かに大人しく導かれている。誰一人声を出さず、自分のように抵抗を示す様子もない。女の子に抱かれている赤ん坊すら、泣くのを止めていた。ここの醜くて悍ましい勝手を把握できてしまっているようだった。




