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近隣の村の技術者にどうにか建設してもらえた、電波塔と電柱。最低限のネット環境と電気供給の維持は、まだまだ滞ってばかりだった。
だがそのスクールには、電工やその他職業の卵となる、年齢の高い生徒も暮らしている。たいていの復旧は教師が務めるが、緊急を要する際は生徒らも対処できるくらいの腕は充分ついていた。
嘗てこのスクールには、何百人という孤児や障がい児が通学、或いは生活をしていた。
無理のない範囲で通うことができる自由なシステム。一般学級と支援学級を分けない、互いが寄り添い、尊重を深め合う仕組みを用いたインクルージブ教育。そこには設立者の願いと愛、そしてその協力者である異国の仲間の知恵が、太い縄となって繋ぎ合わさっていた。
再建設がどうにか叶ったのは、成人やその手前の年代の者達が力を合わせたからだった。今や最も貴重となったヤシの木を少しと、多くのガラクタを使った、地道な作業だった。そのため、衛生環境や躯体が安定せず、教師達は綿密な設備管理に気を巡らせている。
満月が、ぽっと浮かぶ夜。
賑わいが眠りこけた部屋には、十数人ほどの子ども達がベッドを分け合いながら、寝息を立てている。
一枚板を挟んだすぐ隣の職員室には、小さな電球が一つ灯されている。創設者と一人の教師は、かわるがわる仮眠をとりながら夜勤をする中、唸っていた。
教師は、減ってしまった本棚の縁に腕を預けたまま、元の形を取り戻そうとする校舎を見回し、言った。
「村のあちこちで、向こうに棲みつく兵の巡回が増えてるって聞いた。いよいよこちらの言い分が通らない時がきそうで、落ち着かないよ」
木製の壁が夜風に軋んだ時、泥水で染みが広がった、元の色を失った世界地図の隅々が靡いた。
話に耳を傾ける創設者は、教材の準備作業の手を止めるとそっと立ち上がり、地図の前に立った。そして、靡く四隅の左上に触れると、指先をじっと、この地の大陸、隣国、そのまた小さな島国、そして大海原を滑ると、右下の隅を止めた。寂し気な手を通して、失われたかもしれない他国や知人を想うと、視線が落ちていく。
「ここでの暮らしやエネルギーが、やっと国境を越えて広まっていくと思っていたのに……」
教師の背後からの声に、創設者は顔を上げ直した。そして、地図の上に走る幾つものボーダーを見た。それを飛び越え、この地に訪れた支援者達の顔が、今はまだどうしても、この暗がりに落ちてしまう。
富豪の地で歪な立ち上がりを見せた集団を抑えるために、何が必要か。こちらの自由を、彼らのそれに染めつくされる訳にはいかなかった。根深く残り続ける憎悪はワサワサと生い茂り、それらを刈り取ることなど、新芽を植えつけるよりも遥かに困難だった。
「規模を広げた支援を求めることをしないという貴方の選択は、正しかった。今この状況を思うと、とてもそう感じる。それができる力を目に見える形で携えていたら、今頃連中のいいように使われていたかもしれない……」
教師のしずしずとした話し声に、創設者はやっと振り返ると、灯の淵まで近づいた。少しずつ度が合わなくなっていった、ガタがきた眼鏡を外すと、作りかけのアルファベットの教材の上に置いた。
「多額の出資を募る術を得ていたとすれば、真っ先に回収されてしまったんでしょうね……」
やっと口を開いた創設者の声は床を這うようであり、掠れていた。
「今も変わらない……私達が貫きたいのは、学と尊重の自由……お金や差別じゃない……」
外国から出資を募ることをしなかった。していれば利点はあっただろう。例えばこのスクールや生徒達の未来は、教材や環境の質を上げることによって、輝かしいものになっていたのかもしれない。それでも、近道になりうる選択はしなかった。
創設者は、このスクールを建てようと決意した眩い明け方の時を思い出した。浮浪児や病と生きる子ども達を見逃せず、我が家や村の長の元で介抱していた時のことも。そうして暮らす最中、ふらりと現れて出会った異国の者がくれた、温かい協力の心と想像を超える知恵も。
「私は多くの人達に、ここで生きる子ども達や、その周りの人達の想いを知ってもらいたかった。今でも……。だからこそ、あえて多額の資金を得る手段を取らないことにした。助けられる側と、助ける側の目線の違いが出てきかねなかったから……」
創設者は一息吐くと、デスクの固い節に目を落としたまま、薄っすらと笑みを浮かべた。
「人として対等でありたい――そんな風に向き合う目線を大事にしたくて……。子ども達が、我々が、同じ時をどのようにして生きているのか。感じたものをどう表現しているのか。色々な違いの中に確かに存在する“同じ”を、見てもらいたかった」
その選択をためらう仲間もいた。実際に資金を集めるには、富裕層が捨てた廃品でフリーマーケットを開くことや、技術支援で学んだ足踏みミシンのスキルを活かし、それで生み出した商品を売り歩くという、途方に暮れるプランだった。
けれどもそこに咲き誇るのは、楽しさや笑顔、歌と踊りだった。楽な暮らしとは呼べない中に、心が躍るものがあった。
「ここにいられるから、我々が維持したいものが何か、明確になっているような気がする。それを広めていくには、やはり人手と、好奇心の先の理解がいりますね」
教師の言葉に創設者は微笑むと、疲れ目を解そうと目頭をおさえては、またうつむいた。
死や脅迫に追いやられた者が行きつく先。そこから脳裏に浮かび上がるのは、子どもや青年――大陸が崩壊するもっと前に、帰らぬ人になってしまった希望の灯達の顔だ。
「……個を滅されて生きる者達の闇は深すぎる。歪みすぎてしまった支柱を強引にマシな位置に戻すよりも、いっそのこと折ってしまった方がいいことだって、ある」
この空間の闇の一部になりかける創設者を横に、教師は静かな溜め息を吐くと、しんとしたままのコンピューター画面に視線を移しては呟いた。
「絶やして更地にしてしまうことも、一つの選択か……」
その時――ぼうっと、液晶が光った。
二人は顔を見合わせる。教師は肩を竦めると、疑いの目を浮かべておもむろにそこへ近づいた。
「連絡なんて、作業関係者くらいしかありえないわ」
創設者が眉を寄せると、教師はどうにか動かせるようになったコンピューターのパッドに、指を滑らせる。
「こんな時間こそ、もっとありえない」
通知に触れて画面を切り替えた時だった。メッセージが開かれたそこには、見覚えのないアドレスがあり、その下に短い文が表示された。
創設者が教師の肩からそれを覗き見た途端、二人は目を見開くと、背中に冷たいもが走った。
“隣村のルルに子を隠せと伝えてほしい。巡回がくる。返信はするな。夫アジャニ”
「アジャニって……ここを建て直す時にいた?」
逼迫した感情が露わになった文に、創設者は何度も目を通すと、しばし教師の後ろを往復した。そして、顎に触れていた手をそっと放すと、汚れが沁みついたままの薄手のコートを、慌ただしく壁掛けから取った。
「待ってください、校長。私が行く。その方がいい。あなたは私よりも顔を知られてる」
「だけど……」
心当たりはあるが、顔や家の場所は分からない。だがその村は知っており、誰かに聞いて回れば早いだろう。以前、子ども達を通学させないかと提案しに赴いたことがあった。だがその村の子どもの殆どは働きに出ねばならず、通学する余裕がない。その中の誰かが、厄介な目をつけられているということだ。
教師は創設者の肩を取ると、静かに言った。
「私は馬車の連中とはまだ顔を合わせたことはありません。格好を装えば村人に馴染める。あなたは子ども達を」
教師は、すぐ隣で寝がえりをうつ子ども達の方に視線を移した。他にも仮眠を取っていたり、子ども達の見守りをする教員もいる。
「奴らは足も速い。そのメッセージを処分して、普段通りに過ごしておいてください」
そう早口に言うと、教師はその場を後にした。
まるで突風が過ぎ去ったように静けさが戻ると、灯の淵の狭間で、創設者は息を呑む。
いつだってここは、恐怖と死が近すぎる。やっと陽が射したかと思えば、雲はまたやってくる。
隙間風の冷たさに、弾みで羽織ったコートの襟を引き寄せた。冬の鋭さにも似たそれは、何かを告げているようにさえ感じた。
「隠す……」
それは単に、子どもを見えない場所に隠せばよいということなのか。どこかへ移せという意味なのか。それとも、隠さねばならないような子、ということなのか。
創設者は思考を巡らせると、思い出したように顔を上げてはコンピューターの前に駆け寄り、手早くカーソルを動かした。




