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その夜、一命を取り留めた二人の意識は、向こう岸の家族とオリトに向いていた。
アジャニは今朝の騒動の後、しばし頭を働かせると、閃いた策に一縷の望みをかけることにした。
桟橋から戻る道すがら、部品の忘れ物を装い、仮復旧が叶った小さな発電所に足を延ばした。そこには何度か顔を出しており、アジャニは素直に中に通された。自然なキッカケを作れたことで、自分しか捌けない場所に再び潜り込むことに成功した。そして、発電機の仕掛けに上手く取り掛かることができた。あらゆる機材を試されるこの場所は、一日を通して電気を食う。それを早々に中断させるという狙いだった。
故郷では電柱建設もしていたことから、そのスキルが買われてこの地に移っていた。しかしなかなか、この街も以前のように十分な電気供給は叶っていない。それは、根本的な土地や資材の不足が招いているものだった。
家に戻れずに三月ほど経とうとしていた。オリトのことが出回っていなくとも、一度帰れる時を待っていたというのに、酷な事態だった。
「しくじったら次こそ殺される……」
バカリは木製テーブルに水を置くと呟いた。がらんとした広間は、元ホテルのロビーが辛うじてその影を残している。手に職を持つ者が過ごす大部屋になっており、ぽつぽつと灯る豆電球が、広い感覚をあけて並ぶ寝台を、ぼうっと浮かばせていた。その脇では、他の労働者達が声を潜めて夜を過ごしている。
「まさに時代の巻き戻しだ……」
アジャニは頬杖をつき、テーブルでくつろぐフリをしていた。本当は外の様子を見ていたいところだが、そういう訳にはいかない。
「俺は全く知らないが、その連絡先の奴は、誰であっても文字は伝わるのか?」
バカリの問いに、アジャニは笑みを浮かべた。
「スクールだよ。その道のプロだ」
バカリは、アジャニがそこと関わりがあったことをすっかり忘れていた。電工は少なく、電気が通うところに彼がいることなど普通だというのに。
「でも子どもらはそこに通ってなくて、スクールの人間は知らないぞ? 探せるのか?」
「……手榴弾の衝撃でイかれたのか? しっかりしろよ、お互い命がけって時に」
家族が住む村とスクールはそう離れていない。村と妻、自分の名前を添えれば人伝いに探すなど簡単なことだと見ていた。また、その様な人探しの方法は珍しくもなんともないと言うのにと、アジャニはバカリのグラスを覗き込む。酒でも入っているのかと、その水を少し啜った。ただの水だと分かると、脇に置いていたタオルケットを被り、テーブルに寝そべっては小声で切り出した。
「俺はこのままここで寝ていったことにする。いいか、騒動が起きたら俺をさっさと起こせ。俺は何が何だか分からず、急な停電の復旧に派遣されちまうって流れだ。他の技師に行かれる前に、俺が先に司令官か副官の前に姿を見せねぇと」
バカリは、ひび割れだらけのコンクリート壁にそっと背中を預けた。辺りで休もうとする他の労働者達の声が聞こえなくなると、心臓の音に乗って不安が押し寄せてきた。
「上手く行かなかったら……?」
ボソッと漏れ出た言葉に、アジャニは僅かに顔を上げて目を尖らせる。
「あのな、お前は一体どうしたいんだ? どこまで最悪なシナリオを組んでくれるんだよ」
アジャニが派遣されなければ、次の機会に賭けるしかない。それに、伝達が遅れ、家族の居所を特定されようとも、妻は動きを取るだろう。
「もう少し、ルルや子ども達のこと……オリトと仲間のことを信じてやろうぜ」
あの村一帯には、人々が既に危機感を張り巡らせている。ましてやあの情報屋がオリトに接触したならば、絶対に妻がそばに居た。妻の判断に揺るぎはないのだ。
「悲惨な国に成り果てちまおうが、それでも家族を守って、生きていくことに変わりはねぇ。先々でもそうしていけるように、ここって時には身体を張る」
アジャニのくぐもった声を片耳に、バカリは天井を仰いだ。そして、大きくため息を吐いた時――慌ただしい声と駆け足が迫りくるのを聞きつけた。と同時に、辺りの電球が乱雑に点滅すると、その場の照明がバチッと落ち、暗闇に包まれてしまった。
「おい、ここも影響するのか!?」
バカリの能天気さに、アジャニはタオルケットの中で辟易した溜め息を深々と吐いた。
作戦は速やかに進んだ。ただアジャニは、予想以上の乱暴さでバカリに叩き起こされると、廊下に引き摺り出された。計画的でなく本人の自然な振る舞いだったが、酷いものだと半ば苛立ってしまう。そして、ここを巡回する別の副官が慌ててやって来ると、まずは設備に何が起きているのかと、こっぴどく怒鳴られた。が、それもまたいい流れだった。
自分が責任をもって復旧すると口走ると、あたかもこの状況がサッパリ分かっていないような挙動を見せながら、さっさと着替えを済ませた。
アジャニは夜道を急ぐ。燃えるような気持になっているせいで、吹きつける風がより冷たく感じた。何となく清々しく、足が軽くなって速さを上げていく。頭には、第二の作戦がはたはたと棚引いていた。
現場に着いてからも、夜間警備をする者に怒号を浴びせられた。しかしその彼は、復旧を急かすまでで、原因を問い詰めることまではできない者だった。
アジャニは少々不器用さを演じながら、時間を要することを伝えつつ、狙いのタブレットを手にした。
「ちょっと使うよ。通信状況の確認に」
充電がほぼできていない中での勝負だった。どうにか立てた電波塔も当然ながら強力ではない。だが、たった一つの望みを吹き飛ばすだけの力は備わっている。
発電機の蓋を開き、配線のやり直しをする一方で、記憶の山からどうにか宛先を引っ張り出す。そして、予め考えておいた端的なメッセージを打ち込むと、なんとか送信できた。
時間にして三十秒もしないうちに、事は速やかに流れていく。アジャニは安堵を押し隠すと引き続き、混乱する電工を装いながら復旧作業に勤しむ。やがて、もたもたしているせいで警備員が近づいてくると、怪訝な顔で手元を覗かれた。だがその頃には、ここら一帯の電気が復旧をし始めているシグナルが、発電機のランプに出つつあった。そのまま、点検用のタブレットがスムーズな通信状態にあることを表示すると、アジャニは堂々とそれを警備員に返した。
「すまないね。何を考えていたのか、一部の配線を繋ぎ間違えてたよ」
アジャニが言い終わると同時に、管理人はタブレットを低性能な充電器に挿し込むと、持ち場へ戻っていった。それをそそくさと追いかけるように外へ出ると、ホテルを巡回していた副官がおり、忠告を放たれた。アジャニは、汗ばんだ顔と息切れする自分をさらしたまま了解すると、とぼとぼと帰り道につく。
背後から人の気配が薄れていくと、ようやく、心に封じていた灯の蓋を開けられた。肩の荷がドッと下り、空を仰ぐと、流れる雲の間から白い満月が覗いた。




