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*新作 完結* 風のオリト  作者: Terra
第二話 狭くて根深いところ
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<2>




         *



 街に面している波止場に、一隻のボートが桟橋に着こうとする頃。なにやら、門番を前に二人の男達が騒いでいた。


「バカリ、冷静になれ。こんな抜け方して、命がどうなるか」


「お前が冷静になれ、アジャニ。奴らは俺達を解放する気なんてない。ここはただの獣の巣窟だ。人間が暮らすところじゃない!」


 大工のバカリを引き留めようとする電工のアジャニは、呆れて首を横に振る。


「ここをどうにかしようって言ってたんじゃないのか!?」


 アジャニの揺さぶりに、バカリは溜め息を吐く。


「ここをどうにかするんじゃなく、まともに暮らせる場所を見つけて、皆で移る。どう考えてもその方が冴えてるだろ!」


 そう言い放つと、門番にボートを寄越せないかを訊ねる。ところが残されるアジャニは、バカリの無謀な行動に苛立ち、その肩を引っ掴んだ。


「頭が飛んだのか? 今やってることは自殺行為だ!」


 共に出稼ぎにきた隣人のアジャニの言葉ごと、バカリは振りほどく。


「俺は、仲間を集めて別の地へ移る計画を立てる。こんな陸地とはサヨナラだ。お前の力を得られないのは残念だが……」


 やがて、向こう岸から戻ったボートが着いた。酒瓶を片手に、ヤシの木で生産された商品などを身体中に引っ提げた男が、桟橋を上がってくる。


「俺が逃亡先を用意してみせる。お前がここにいるってんなら、その時まではどうか持ちこたえてくれよ」


「思いつきばかり並べるな! 場所を見つける前に殺される! 前よりも武装集団が自由を得てるんだぞ!?」


 と、二人の間に男がぬるりと割り込んだ。


「ほう、仲間割れかな」


「……何であんたが」


 アジャニは、酒気を漂わせる男に目を細めた。男はいやらしい笑みを浮かべると、二人を両脇に跳ね除けると、そのまま波止場を抜けていく。


「仕事だ。向こうで“使い魔”を見たもんでなあ。ああ、あの突風ときたら、人の商品を何もかも」


 二人は、彼が口にした特徴的なワードに顔を引きつらせる。


「……酔い潰れの情報を組織が買うもんか」


 バカリは石を投げるように言い放つも、男はするりと腕を海の方へ差し伸べた。


「ボートなら、どうぞ?」


 それを横目にアジャニは、バカリを大きく引き寄せると、耳元で早口に言った。


「戻るなら今だ。()()()のことが流れてるなら、ここで止め役を務めるのは俺だけじゃ厳しいだろ!」


 その時、門番が姿勢を正し、敬礼したかと思うと、別の声が飛び込んだ。


「こちらが嗅ぎつけりゃあ、向こうじゃ獲物はどこにも逃げられねぇ。約束を守るなら見逃してやる。ただ、どうしてもってんなら……その()()()と引き換えだ」


 副官が手榴弾を手に、戻った情報屋に流し目を向ける。情報屋は酒に呑まれ、ヘラヘラと舌を動かした。


「ありゃ特殊だ、旦那ぁ。親すら陰に押し込んじまう魔物が潜んでらぁ。お国のための新しい武器になるだろう」


 副官が情報屋から二人に目を向け直す。二人は動揺を隠せず、目が震えていた。


 そしてとうとう、バカリが周囲を押しのけると、乱暴にボートに飛び乗った。その後から、固い鉄の弾がボートの床を弾き、前方に大きく追い越していくと――アジャニが透かさずボートに飛び入り、バカリの胴体を攫うと、そのまま海に落ちた。



 ――黒煙と爆音が、くすんだ朝の空を(つんざ)いた。



 情報屋が笑い声を立て、よろよろと遠のいていく横で、副官は腰から銃を抜いた。

 海から顔を出した二人は銃口に目を見開き、早まるなと手を挙げながら、どうにか騒ぎを鎮めようとする。燻んだブーツが、大破した桟橋を軋ませながら近づいてくる。


「お前らは俺達の配下にある。あの地で野良犬に戻ることをわざわざ選ぶなんざ、阿保だ」


 副官は、ボートの残骸にしがみつく二人を見下ろした。その目は歪曲した野心によって、疾うに光を奪われてしまっている。


「国を建て直す。今こそ俺達の手で。未来永劫ここを守る。お前達もそう望んだ。そのためには、邪魔を嚙み殺す術を多く揃える必要がある」


 飲まされる苦汁に、アジャニはふらふらと首を横に振る。


「あの男の情報は適当すぎます、副官。()()()は、本当に未熟です」


「ところによっては酷い呼び方をするだけです。酔っぱらいのデタラメですよ」


 バカリが後を追うように付け足した。


 副官は目を細めると武器を仕舞い、先を行く情報屋を追った。






 “使い魔”――異なるモノを持つ者のことを、そう表現されることがある。

 副官の踏み込む足が強まっていく。時折、血のようなもので汚れた土を踏みしめながら、前をふらふらする情報屋の背中を睨め上げた。と言っても、そうできるのは片目だけだ。

 限られた視界の中で生きられることを示され、受け入れてもらえたのは、武器を持ちはじめてからだった。この目を買われ、この肉体を受け入れられたその時から、使えるかどうかも試してはもらえず門前払いされた時を撃ち消すように、豪遊する連中を潰した。



 大きくふらついた情報屋を乱暴に支えると、その手の酒瓶を搔っ攫い、適当に硬貨を撒いて追い越した。

 残りの酒で喉を鳴らすうちに、歩幅が荒くなっていく。砂や泥に汚れて疎らになった首筋を伝う酒ごと、過去を流した。






 アジャニとバカリは門番に支えられながら、砕け散った桟橋によじ登ると、そこに力尽きた。

 二人は息を荒げる中、この先の動きを企てようとする。そこへ、アジャニがはっと目を見開くと、妻を思い浮かべては起き上がった。そして、べったりと桟橋に背中を張り付けたままのバカリを引きずり起こすと、バタバタとそこから遠ざかり、辺りを見回してから声を(すぼ)めた。


「向こうに連絡が取れる仲間が何人かいる。前に出張で行った管理署のタブレットで、何とかルルにオリトのことが伝わるようにする」


 アジャニの急な策案に、バカリは大きく眉を歪めた。


「足が残ったら!? そこの奴が兵の連中に告げ口したら、どうするんだよ!」


「そこの奴の目を盗んで、やる! やるしかねぇんだよ!」


 海水が足元に広がると、そこに溜まる泥水が映した二人の影が、濁りながら歪んでいった。






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