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帰り道、ダヨに手を引かれながらオリトは、脇に見えてきたスクールに目を向けた。一つの窓に、薄暗い灯が揺れている。
子ども達もまた、たくさん失われてしまった。その上で生まれ落ちた自分は、その何百人もの子ども達の分まで、この大地を踏みしめることができるし、そうするべきだろうと思う。こんなに胸が窮屈な思いをしながらでも。
ふと、ダヨの歌が聞こえてきた。フォーティー達とは違うリズムをした、蝶が舞うように明るい、前向きになれる歌だ。四節もある長いそれを、全て覚えきるのはまだ難しかった。
生きていくには、いつも元気でいたい。体中から灯を放つような気持ちでいられる方がいい。歌を、自分の一部にするのだ。涙や寂しさを拭う時はいつも、希望をくれる歌をうたう。誰かに届けるためにも歌う。それが、自分達一族の文化だった。
ずっと前、遠目に子ども達が木陰の下で歌うのを見たことがあった。手製の一弦楽器には、オオトカゲの皮が張られているのだと、ダヨから教わった。
「フォーティー達の太鼓はどうやって作るの?」
ダヨは、自分の方にオリトを寄せて歩いたまま、しばし記憶の引き出しを探る。
「ありゃ確か……マングローブの木だ。アンテロープやヤギ、牛の皮を使う。サイザル麻の縄で縛って」
「作ったことあるの?」
「聞いて知っているだけだ。アムードゥ族も今や、わしらオウロ族とは近い関係だからね」
オリトは来た道をチラリと振り返ると、またダヨに向き直る。
「“先ゆく世界”の人達の言葉は話せる?」
ダヨはふいに、頬が冷たくなるのを感じた。
「……それほどは。何せ、必要なかったからね」
「あたし、あの言語を話せるようになりたい。そうすればフォーティーが言っていたみたいに、もっと人と話しができる」
お前はそう多くを話してはいけない――などと口にする訳にはいかず、ダヨは、ギリッと歯を押し鳴らした。
「ねぇ、スクールがあるし、皆で少しでも学べるといいんじゃない?」
「……そうだろうね」
オリトはこの時、ダヨの肌から伝わる妙な騒めきに口を閉ざした。次第に冷えていく手は、母にも起こるそれと同じだった。
残りの帰り道が静まりかえってしまったところ、トタンと一部をヤシの葉で葺いた、玄関に作りかけのカゴが揺れる、ダヨの家が見えてきた。オリトはダヨの身体ごしに家を眺めながらもう少し歩いたところで、ようやく自分の家に着いた。
幸い家族はぐっすり眠っており、こちらの音など聞こえていないようだ。
「お前の気持ちも分かるが、むやみに出てきちゃいけないよ」
不意に飛び込んだダヨの声に、オリトは背中が冷やりとした。そろり、肩越しにダヨを振り返るのだが、辺りの暗がりに顔を隠されてしまっていた。
「分かっているんだよ、オリト……分かっているんだがね……どうにもならないこともあるんだ……」
何のことかと、オリトは目を細め、その先を待った。
「言葉ってのもまた、扱いに気をつけないといけなくてね。無理に交わす必要がないこともあるんだよ。難しいよ。いくらお前が誰より長けていようとね」
オリトはフォーティーから不思議な話を聞けて、まるで心に芽が出たような気持ちだった。ところがダヨの言葉に、伸びようとする細い茎が、ポキッと音を立ててしまった。
「……ホントだ」
他にもまだ、言ってやりたかった。育ち盛りの花を折るなんてことを、ダヨがどうしてするのかと。でも、それを口にするには声を荒らげてしまいそうで、また吞み込んだ。
「今はまだ、大人しく家族の言うことを聞いているんだ」
それはやはり、あなた達と違うからなのか。恐れられる存在かもしれないからなのか。では何故フォーティーは、また来てもいいと言うのか。
オリトが迷いを巡らせているうちに、ダヨはもういなくなっていた。




