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ライフコース  作者: 只野 唯
就労準備編

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できない日


その日のプログラムは、「タスク管理」だった。

テーブルの上に、何枚かのカードが並べられる。

『メールを返す』

『資料をコピーする』

『電話対応』

『提出物を確認する』

仕事でありそうな作業が書かれていた。

「今日は、優先順位を考えながら進める練習をします」

スタッフが説明する。

「途中で追加の指示も入ります」

その言葉を聞いた瞬間、少し嫌な予感がした。

私は、配られた紙に“ToDoリスト”と書きながら、深く考えないようにする。

大丈夫。

落ち着けばできる。

そう思いたかった。

「では、始めます」

開始と同時に、みんなが動き始める。

私は、とりあえず上から順番に整理しようとした。

でも。

途中でスタッフが声をかける。

「高橋さん、急ぎの電話対応入りました」

顔を上げる。

「あ、はい」

返事をした瞬間、さっきまで何をしていたか分からなくなる。

コピー。

いや、メール。

提出物もあった気がする。

頭の中に、やることが一気に広がる。

焦る。

優先順位。

どれが先。

考えようとするほど、ぐちゃぐちゃになる。

「あと、資料の締切十分後です」

別の指示が飛ぶ。

その瞬間、頭が真っ白になった。

何から手をつければいいのか分からない。

周りを見る。

みんな、何かしら進めている。

ペンを動かしている。

メモを取っている。

その光景だけで、さらに焦る。

——できない。

胸の奥がざわつく。

とりあえずメモを書こうとして、手が止まる。

何を書けばいいのか分からない。

「高橋さん、大丈夫ですか?」

スタッフの声。

その優しさすら、今は苦しい。

「……すみません」

小さく言う。

何に謝っているのか、自分でも分からない。

ただ、“できていない”ことが恥ずかしかった。

結局、途中で完全に手が止まった。

頭が回らない。

考えようとすると、余計に混乱する。

プログラムが終わる頃には、ぐったりしていた。

帰り道。

足取りが重い。

秋の空気は少し冷たいのに、頭の中だけ熱を持っているみたいだった。

——回復したと思ってたのに。

ショートケアに通えるようになった。

外にも出られるようになった。

人とも少し話せるようになった。

だから、前よりは良くなっていると思っていた。

でも。

できないものは、できないままだった。

マルチタスク。

優先順位。

同時進行。

頭の中で整理すること。

頑張ればできると思っていた。

回復すれば、普通にできるようになると思っていた。

でも、違った。

私は、駅までの道を歩きながら思う。

——これ、働けるんだろうか。

不安が、じわじわ広がる。

また同じことになるんじゃないか。

職場で混乱して。

できなくて。

迷惑をかけて。

最後には、動けなくなるんじゃないか。

そんな想像ばかり浮かぶ。

「高橋さん」

後ろから声をかけられて振り返る。

マツムラさんだった。

「お疲れさまです」

「……お疲れさまです」

私の顔を見て、マツムラさんが少し苦笑する。

「今日、しんどかったですよね」

その言葉だけで、少し泣きそうになる。

「……全然できませんでした」

やっと、それだけ言う。

するとマツムラさんは、あっさり頷いた。

「俺も苦手ですよ、あれ」

意外で、顔を上げる。

「そうなんですか?」

「マルチタスク無理です」

さらっと言われる。

「だから、めちゃくちゃメモ取ります」

そう言いながら、自分のノートを軽く見せる。

細かく、順番まで書かれていた。

「できない前提で工夫してるだけですよ」

その言葉が、少し残る。

できない前提。

今まで私は、“できるようにならなきゃ”ばかり考えていた。

でも。

“できないから工夫する”という考え方も、あるのかもしれない。

それでも落ち込んではいる。

不安も消えない。

でも。

“回復したのにできない”じゃなくて。

“回復しても苦手は残る”だけなのかもしれない。

その違いを、私はまだうまく飲み込めないまま、駅へ向かって歩いた。

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