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ライフコース  作者: 只野 唯
就労準備編

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準備していい


その日のプログラムでは、ホワイトボードに大きな三角形が描かれていた。

「今日は、“就労準備性ピラミッド”についてやります」

スタッフの佐東さんが、ペンを持ちながら言う。

ピラミッドは、何段かに分かれていた。

一番下。

『生活』

その上に、『健康管理』。

さらに上に、『対人技能』、『基本的労働習慣』。

一番上に、小さく『職業適性』と書かれている。

私は、その図をぼんやり見つめる。

“働く”という言葉から想像していたものと、少し違った。

もっと、資格とか。

パソコンスキルとか。

面接練習とか。

そういうものが一番上に来ると思っていた。

でも、違う。

「働くためには、まず土台が大事なんですね」

佐東さんが、ピラミッドの一番下を指す。

「生活リズムだったり、食事だったり、眠れることだったり」

「体調が安定していること」

「安心して人と関われること」

「その上に、“働く”が乗ります」

私は、ノートに視線を落とす。

働く以前のことばかりだった。

でも。

言われてみれば、その通りだった。

眠れなかった頃。

食事もまともに取れなかった頃。

カーテンも開けられず、昼なのか夜なのかも曖昧だった頃。

あの状態で、“働く”なんて考えられなかった。

なのに。

私はずっと、“働けない自分”ばかり責めていた気がする。

佐東さんが続ける。

「焦る気持ちが出る方も多いです」

「早く働かなきゃ、とか」

「周りと比べてしまったりとか」

その言葉に、少しだけ肩が揺れる。

まるで見透かされたみたいだった。

私は、ずっと焦っていた。

会社を辞めてから。

時間だけが過ぎていく気がして。

社会から置いていかれる気がして。

だから、“まだ働けない”自分を、どこかで責め続けていた。

「でも、土台が不安定なまま無理をすると、崩れやすくなります」

佐東さんは穏やかに言う。

「準備することも、大事な過程なんです」

——準備すること。

その言葉が、少し胸に残る。

今まで、“何もしていない”と思っていた。

ショートケアに通うことも。

生活を整えることも。

人と話す練習をすることも。

全部、“働けていない時間”だと思っていた。

でも。

違うのかもしれない。

これは、“止まっている”んじゃなくて。

“準備している”のかもしれない。

その考え方は、少しだけ救いだった。

「高橋さん、どうですか?」

急に名前を呼ばれて、少し驚く。

みんなの視線が集まる。

少し緊張しながら、口を開く。

「……働く準備って、もっと技術のことだと思ってました」

「でも……」

言葉を探す。

「生活とか体調とかも含まれるって聞いて、少し安心しました」

言いながら、自分でも少し驚く。

“安心した”と、ちゃんと思った。

佐東さんが頷く。

「それ、大事な感覚だと思います」

「土台を整えるのも、立派な前進ですから」

前進。

その言葉を、頭の中でゆっくり繰り返す。

今まで、自分は遅れていると思っていた。

みんなは前に進んでいるのに、自分だけ止まっていると思っていた。

でも。

まだ“準備段階”でも、いいのかもしれない。

今はまだ、ここで。

少しずつ土台を作っている途中なのかもしれない。

そう思ったら、胸の奥の焦りが、ほんの少しだけ静かになった。

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